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2088)カードの更新 [生活]

 1月の後半に、2枚のカードが送られてきました。2つのカードの使用期限が今年の2月になっているので、新しいカードが送られてきたのです。
 1枚目はセブンカードプラスでした。このカードにはnanaco機能がついているのですが、旧カードの残高を新カードに移さなければならないそうです。
 他のカードのように、旧カードを簡単に切断廃棄してはいけない様です。注意書き読んだので良かったのですが、うっかりするとかなりの金額を失う所でした。
 旧カードから新カードへの残高の移行は、セブン銀行のATMで簡単に行うことができました。2枚のカードを持参し、指示にいくつかの操作をするだけでした。
 このカードではセブン銀行の口座からnanacoにオートチャージできるように設定していました。この設定の移行もATMでの作業で終わったものと考えていました。
 しかし、そうではありませんでした。セブン銀行からメールが届き、オートチャージ設定の移行が終了していないことを知らされました。
 ATMでは移行できず、チャージ機でもしくはレジで残高確認をする必要があるそうです。そこで、再びセブンイレブンの店舗に赴き、レジで残高確認を行ってもらいました。
 受け取ったレシートにオートチャージ設定の移行が終了したことが明記されています。これで、安心して旧カードを廃棄できると考えました。
 帰宅して旧カードを切断して廃棄しましたが、これは早計でした。数日後、セブン銀行から口座引落の連絡メールが届きました。
 2月引落分に対してポイントが付与されるのですが、そのポイントは旧カードに入るようです。カードはすでに廃棄したので、そのポイントは使用不能になってしまいました。
 旧カードの保持期間について、もう少し説明が必要であったようです。
 月末には新しいJALカードが送られてきました。このカードには、Suica機能を付与しています。Suicaの残高も自動的に新カードに引き継がれていません。
 厄介なことに、移行することもできません。旧カードの残高は、2月末の利用期限までに使い切る必要があるそうです。
 Suica用のエキナカATMを使えば払い戻しができますが、福岡市周辺ではそれも不可能です。交通カードを利用することが出来る店舗でSuicaを使い切るしかないようです。
 JAL/Suicaカードは、頻繁に東京に出張していた頃は非常に便利でした。しかし、学会役員の職を離れると出張の機会があまりなくなってきました。
 学長職に就くと、なかなか大学を離れることができなくなり、出張そのものの頻度が少なくなってきました。そうなると、このカードを維持する意味がなくなってきました。
 Suicaのオートチャージも福岡市周辺では行われないので、Suica機能を付与する意味がありません。このカードには、年会費3100円を支払っていますが、それだけの価値が無くなってしまいました。
 できる限り早く、年会費不要のカードに切り替えた方が良さそうです。このカードの利用を止めるためには、溜まったポイントを使う必要があります。
 飛行機を使って出張する頻度が下がっているので、特典航空券に変えることはできません。商品と交換するしかありません。
 ポイント残高が2万ポイント以上あったので、1万ポイントの商品を2つ注文することができました。残高が1785ポイントに減ったので、いつでも利用を取り止めることができるようになりました。
 年会費のいらないJALマイレージバンクカードも持っていたので、これがあれば十分です。JALカードの退会法を聞きに空港に行ってみましたが、すぐに退会するのは得策ではないことを教えられました。
 すでに、年会費が引き落とされており、会期途中の退会では一切返金が行われないからです。年末に、次年度への更新を行わないことを連絡すれば良いそうで、来年の2月迄使い続けることになりました。
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2087)急ぎすぎるな [仕事の進め方]

 私は、短気で、せっかちで、忘れっぽい性格です。おかげで、これまでの人生で何度も失敗を繰り返してきました。
 自宅での失敗は、家族が我慢をすればなんとかなりますが、職場での失敗は防止しなければなりません。そこで、急ぎすぎるなと自分に言い聞かせて人生を送ってきました。
 九州大学に在職中は、この欠点はあまり表に出てきませんでした。なにしろ、非常に忙しい生活を送っていたので、この欠点は長所として受け取られていました。
 学生時代から、マルチラインで仕事をすることを覚え、教員になってからは業務をブロック化して効率的に実行する術を覚えました。
 おかげで、業務処理時間が大幅に短縮され、殺人的なスケジュールをなんとかこなしていくことができました。
 しかし、九州大学を早期退職して崇城大学に勤務するようになると、この性質のおかげで失敗することが出てきました。
 崇城大学で4年間勤めましたが、学部長を併任した3年間の仕事量も九州大学の半分以下にすぎませんでした。そうなると、勤務時間の長さを持て余すようになりました。
 仕事に追われるのは嫌いなので、嫌な仕事ほど速やかに終えてしまいます。一つの仕事を片付ければ、新しい仕事にかかることもできますから。
 ある時、12月に発行される同窓会報の原稿を6月に頼まれました。原稿書きも速いので、数日中に書き上げてしまいました。
 手元に残しておけば、何度でも修正することになります。それでは終わったことにならないので、すぐに送ってしまいました。
 12月に同窓会報が送られてきましたが、それを見て愕然としました。発行時の季節を考えていなかったので、夏の話題で書いていたのです。
 この時は、急ぎすぎてはいけないことを痛感しました。しかし、持って生まれた性格はなかなか変え難いものです。常に自分を抑えておかなければ、同種の失敗を繰り返してしまいます。
 自分一人が関わる話であれば良いのですが、他の人も関わる話になるとうっかりでは済まされなくなります。周囲との調和を考えなければなりません。
 周囲の人たちの準備が完了していない状態で学部長が独走してしまうと、学部の先生たちにとってなんとも都合の悪い状況が発生してしまいます。
 現在は、精華女子短期大学で学長を務めているので、学長の独走はより深刻な事態を発生させます。学長が勝手に動くようになると、現場の士気が低下してしまいます。急ぎすぎるなという歯止めをこれまでに以上に強くかけなければならないと感じています。
 私の運営方式の基本は、現場の尊重です。現場でできることしかできないと考えています。現場の自主性を尊重し、現場が主体的に行う業務を支援したいと考えています。
 私の性格を野放しにしてしまうと、自分の理想を実現することができなくなるので、注意が必要です。
 生活面ではあまり急がないようになり、家族に及ぼす迷惑が減ってきました。車の運転は安全運転に徹する様になり、ジョギングも速度を抑えて走るようになりました。
 60代に入って、やっと大人になりつつあるようです。この気分を職場に持ち込むことができれば、教職員の苦労を軽減することができるでしょう。
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2086)マスクの入手 [食と健康]

 2月11日の建国記念日は、暇があったのでマスクの販売状況を調べに行きました。新型肺炎を予防するため、学生・教職員にマスクの装着を薦めています。
 そのため、マスクの入手が可能であることを確認する必要が生じました。その結果、100円ショップでは普及版の使い捨てマスクを入手可能であることが解りました。
 このことは、7日の食料品の買い出しに行った際、すでに確認していました。ショッピングセンター内のドラッグストアには加湿式の高級品が若干残っていましたが、普及品は売り切れていました。
 同じ建物内に100円ショップがありますが、ここでも普及品は売り切れでした。しかし、在店時に製品の補給が行われ、13枚入りのマスクを購入することができました。
 11日は、他の店舗の状況を確認しに行きました。まず、ドラッグストアチェーンの大型店舗に行ってみましたが、状況は同じでした。購入品の在庫が若干ありましたが、普及品は売り切れていました。
 大型ディスカウントストアのドラッグ売り場も同じ状況で、DIYショップの衛生品売り場にも普及品はありませんでした。
 しかし、100円ショップの大型店舗にはかなりの数の普及品の袋が並んでいました。どの店舗でも、1家族1袋に購入量が制限されていますが、100円ショップであれば入手することができるようです。
 翌日のTVのニュースでは、箱入りのマスクが入荷し、すぐに売り切れる様子が放映されていました。家内は、生協にマスクを1箱注文していましたが、在庫がなく入手することができませんでした。
 これらの情報を総合すると、マスクを箱入りで購入することは困難なようです。しかし、100円ショップに行けば袋単位で購入することができます。
 ドラグストアと100円ショップの違いは入荷頻度の違いによるものと思われますが、こまめに100円ショップに行けば入手することができるようです。
 今回、店舗巡りをしたのは、ガーゼのマスクを入手したいと考えたからです。ガーゼのマスクは洗って再利用することができるので経済的です。
 コロナウイルスはアルコールに弱いので、消毒用アルコールでウイルス活性を殺せば安心して使用することができます。
 外から持ち帰ったウイルスを殺したいと思えば、アルコール殺菌をした後洗うこともできます。使い捨てマスクと比べると、肌にもやさしいそうです。
 しかし、ガーゼマスクを店頭で見つけることはできませんでした。現在は使い捨て文化が蔓延しているので、生産量が少なくなっているのでしょう。
 ネット上には、普及品のマスクもガーゼマスクも販売されています。入手できるかどうかは注文してみなければ解りません。
 店頭を見て回るより確実に入手することができるかもしれません。しかし、人気商品はネット販売でも入手が困難なようです。
 手持ちのマスクを節約しながら使っていくうちに状況が改善されることを期待しています。
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2085)会議の運営 [仕事の進め方]

 会議は、会して議すると書きます。複数の人間が拘束される時間なので、出来る限り短時間で終える必要があります。会議に無駄な時間を使うことは組織にとって大きな損失になります。
 議するという言葉には、議論するという意味と議決するという意味があります。議論をすることは大切ですが、議決することが出来なければこれも時間を無駄に費やすことになります。
 一つの案件について議論を尽くすことは、結論の妥当性を高めるとともに、実現可能性を高めることになります。
 得られた決議は、担当する現場で実行することになります。しかし、現場の代表者が議論に参加していなければその実行が覚束なくなります。
 したがって、担当部署の代表者の意見を尊重する必要がありますし、第三者の意見も反映する必要があります。しかし、役に立たない意見を聞くべきではありません。
 私が九州大学で教育担当理事副学長を務めていた頃、複数の教育関連委員会の委員長を任されることになりました。いずれも全学委員会なので、各部局の代表者が集まってきます。
 当然ながら高給取りが多いので、会議の時間をできる限り短縮する配慮を行っていました。そのために行った最初の指示は、対案のない意見は取り上げないということでした。
 単なる反対意見では不十分で、修正案が含まれていなければ発言できないという雰囲気と作っていきました。それだけでも、かなりの時間を節約することができました。
 次に、円滑に議事を進める工夫を行いました。委員長が事前に情報を検討し、出すべき結論を用意しておけば、議論の方向を制御することができます。
 この予習を行うことにより、議論の拡散を防ぎ、望ましい方向に議論を導くことができました。ことが、会議の議長の大きな役目なのです。
 ただし、委員たちに誘導されているという意識を持たせてはいけません。議長が議論の方向をねじ曲げようとしているとの印象を持たれると、トップダウンでの押し付けと受け取られることがあります。
 これでは、現場のやる気を引き出すことができません。委員たちには解らないように議論の方向を変える技術が必要でした。
 難しい問題の解決には、根回しが必要です。事前に、最も関係の深い部局の委員と相談し、出すべき結論についてコンセンサスを得るようにしました。
 影響力の大きい委員の発言には他の委員は従いますので、その委員に方向を決める発言をしてもらうように準備していました。そうすると、どのような結論であってもトップダウンによる決定とは思えなくなります。
 実施がかなり難しい案件の決議については、それを受け入れざるを得ない状況にしておく必要がありました。担当部局に他の案件で支援を行っておれば、困難な業務も前向き対処してもらえるようになります。
 もっとも、会議の運営のために現場の支援を行ったことはありません。現場のやる気を引き出すことが業務の高度化に不可欠であると考えているので、現場の支援は日常的に行っていました。
 国家予算の獲得などで支援した部局は、困難な課題を与えられても前向きに対処してくれました。
 また、委員会の議案は現場から提案してもらうように心がけてきました。部局提案を尊重すると、業務達成度が高まるからです。
 そのために始めたのがブログの執筆です。一般的情報をブログで流せば、それを参考にして新しい計画を立てることができます。
 部局から提案した時点で、私のアイデアは部局のアイデアになります。それを決議し、成功に向けて支援を行えば、その業務の質が大きく高まることになります。
 副学長業務は、教育研究者として生きてきた私にとっては、非常に鬱陶しいものでした。しかし、その仕事を行う過程で多くのことを学ばせてくれたのも事実です。
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2084)具体性の確保 [教育]

 教育は、相手に理解させることができなければ成功したとは言えないものです。相手によって情報獲得の準備状況が異なるので、画一的なやり方では成功しません。
 初期教育ではあまり問題になりませんが、より高度な研究者教育や部下教育では指導者の教育力によって達成度が大きく異なることになります。
 相手に理解することができなければ、いつまでたっても自立することができず、戦力とはなり得ないものです。同じ注意を繰り返し行う必要が生じ、指導者を疲弊させることになります。
 では、どうすれば相手の理解度を高めることができるのでしょう。その方法の一つは、説明の具体性を高めることでしょう。
 相手は、知識が不足しているため仕事の内容も、成功するためのポイントも理解することができないでいます。しかし、類似の体験を使って、具体的に説明してやれば理解度が大きく向上するものです。
 仕事がうまく進まない学生や部下がいる場合、まずその問題点を探る必要があります。問題点が解らなければ指導のしようがありません。
 質疑応答を通じて相手が理解していない部分を明らかにし、それを理解させる努力が必要です。しかし、解っていない部分を指摘するだけでは問題は解決しません。
 どのように説明すれば理解してもらえるかについて考える必要があります。私の場合、質疑応答を通じて学生の体験を聞き出し、最も関係の深い経験を使って問題点の把握と解決法の策定を指導してきました。
 こうすれば、相手の理解度が高まり、自分の頭で解決法について議論することが可能になります。指導者は問題解決法が解っていても、それを押し付けるべきではありません。
 議論の出発点を担当者に思いつかせ、それを利用した作業計画の策定を支援すれば、いつしか自分の力で問題を解決することができるようになります。
 説明の具体性の確保が、行き詰っている局面を打開する有効な手段になることを繰り返し経験してきました。
 大学では、学生たちが作業した結果を修正し、それに基づいて新たな作業を行わせる教育を繰り返し行っていました。
 その際、修正した理由を必ず説明し、その場で理解してもらうようにしていました。この具体的な説明がなければ、学生たちは同じ過ちを繰り返し犯すことになります。
 学生教育に使った時間が無駄な物となり、学生たちはなかなか独り立ちをしないという結果になります。これでは、指導者はいつまでたっても楽になりませんし、優秀な後継者が育つこともありません。
 講義も行う場合も同じことです。講義では、学生たちが経験したことのない原理原則を教えることが多いので、情報を与えただけでは理解は進みません。
 学生たちにとって身近な素材を使い、解りやすく説明する努力が必要です。このやり方では、必要な情報を完全な形で伝えることはできませんが、機械的に詰め込む教育よりはるかに理解度が高まります。
 座学は、知識の定着能力はあまり高くないものです。試験が終わればほとんど忘れてしまいます。私自身、教室で教わったことはあまり印象に残っていません。
 しかし、講義で興味を持った事柄を自分で調べた場合は違います。理解度が高まるだけでなく、知識の運用能力が高まった経験を持っています。
 そこで、学生たちに興味を持たせること目的として講義を進めてきました。その際、最も役に立ったのが学生にとって身近な素材を例にあげて説明することでした。
 学生たちは、講義を楽しんだだけでなく、それぞれが解らないことを自分で調べるアクティブラーニングの姿勢を身に着けていきました。
 理論科学での政界でこのような講義を行うことは難しいでしょう。しかし、幸いなことに私の専門は食品機能学でした。
 食と健康の世界では、学生と同じレベルで話をすることができます。社会人を対象とした講義や講演でもこの手法は好評でした。
 具体性を確保することにより教育効果を上げることを、これらの経験を通じて繰り返し実感することができました。
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2083)メモ帳の使い分け [生活]

 ブログ「メモ帳の作成」で書きましたが、私は仕事と生活の両面で重要事項を記録したメモを作成して常時持ち歩いています。
 必要が生じたときにはいつでも参照することができるので、効率良く作業を進めることができるからです。この記録のおかげで、私の作業速度がかなり速くなっています。
 これらの記録は、作業の種類によって分類されています。また、各記録は見出しをつけて分類され、五十音順に配列されています。
 見出し内は、日付順に並べられ、日付とキーワードが着色されているので、目的の情報を簡単に見つけ出すことができます。
 重要な情報に絞って記載されているので、1年分の情報を持ち歩くことができますが、最大時にはかなりの分量に達します。
 そこで、ブログ「メモ帳のサイズ」で紹介したように、いくつかのサイズのメモ帳を併用することになります。
 最も見やすいのはA4サイズで、拡げるとA3サイズになるので、大量の情報を一瞥することができます。しかし、サイズが大きすぎるので、場所によっては見ることが困難になります。
 多くの記録は年単位で作成し、業務記録は年度ごとに作成しているので、時期によっては持ち運ぶべき情報量が少なくなります。
 年や年度が変わった後は、メモ帳の厚みがかなり減ることになります。そのような時期は、A5サイズのメモ帳を持ち運ぶことが多くなります。
 だんだん情報量が増えてくるとB5サイズに変わり、さらに増えるとA4サイズが登場するといった具合です。
 メモ帳はルーズリーフ形式のものを使い、手帳やノートは使いませんせん。情報の編集を容易にし、不要となった情報の携帯を避けるためです。
 基本的には、これらのサイズのメモ帳のいずれかを使用していますが、場合によっては併用することがあります。たとえば、出張する時です。
 出張先ですべての情報は必要ありませんし、移動中に閲覧する必要も生じます。その場合は、必要情報のみをA5サイズで出力して持参する様にしています。
 ワープロ文書になっているので、出力用紙のサイズを変えれば簡単にメモ帳のサイズ変更に対応することができます。
 場合によっては、A5サイズのファイルでも大きすぎることがあります。飛行機の機内や買い物先で使うためにはもう少し小さいメモ帳が必要です。
 単にメモするためだけであれば、裏紙を切断してクリップで止めたものを使うことができますが、情報を持ち運ぶことはできません。
 そこで、B6サイズのシステム手帳を併用しています。これもルーズリーフ形式ですが、特殊な6穴構造なので専用のリフィルを購入する必要があります。
 6穴のクリアファイルリーフが売られているので、携帯したい情報をB6サイズで印刷し、このリーフに収めることで持ち運ぶことができます。
 B5用紙に3段組みで印刷すると丁度良い大きさになるので、それを切り取って収めています。それによって、列車の時刻表、西暦と元号の対照表、買い物情報などをいつでも確認することができます。
 これらの情報は更新する必要がほとんどないので、差し替えることはあまりありません。
 この手帳で主として使っているのは、週間予定表と罫線入りのメモ用紙です。2~3か月分の予定をこれに記載して、いつでも参照することができるようにしています。
 最近は、3年連記の予定表を使って仕事をしていますが、その予定表はA4サイズなのでいつでも参照することはできませんから。
 現在は、片面に1週間分の枠と曜日が印刷された汎用形式の予定表を使っていますが、最近それが店頭に無いことに気付きました。
 日付けも入った1年分の週間予定表しか売られておらず、現在のやり方を続けていくことができないことが解りました。
 手持ちの用紙は、2月末まで利用可能です。しかし、それ以降は在庫がありません。1年分の予定表は、前年の10月から今年の10月までの分が入っていたようです。
 途中で切り替えると、かなりの用紙が無駄になります。そこで、週間予定表を自分で作ることにしました。罫線紙に横線を引いて7分割すれば良いだけですから。
 曜日と日付を書き込み、上部に月を書き込めば終わりです。1枚のリフィルで2週間分の予定表が出来上がります。52週で26枚しか使わないので、作成の手間もたいしたことはありません。
 来年のことは後で考えることにして、当分この形式で利用することにしました。待っていれば復活することもあり得ますから。
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2082)先手必勝 [スポーツ]

 先手必勝は、対戦型のゲームで勝ちを収める有力な手段の一つです。特に、実力の劣ったチームが勝利を収めるのに役立ちます。
 野球の場合、先制点を取ると勝利の確率が大きく向上します。点を取ったチームは余裕を持ってゲームを進めることができるので、その実力を遺憾なく発揮することができます。
 先制された側に焦りが生じると、さらにやりやすくなります。私は投手を務めていましたが、焦っている選手を料理することは非常に簡単になりました。
 先手を取ることで、こちらのペースでゲームを進めることが可能になり、最終的に勝ちを収めることができるようになります。
 中学時代は有力チームで野球をしていたので、あまり考える必要はありませんでした。高校時代は有名受験校で野球をしていたので、勝つための工夫が必要でした。
 そこで、重要視したのが先手必勝とミスの削減でした。部員数が少なく、中学校での野球経験者も少なく、練習時間も短いので、工夫なしでは勝つことができませんでした。
 先制点を取る最も有効な機会は初回です。私は事情があって2年生の4月から主将を務めていたので、打順の決定にも関わっていました。
 その際、初回で得点する確率を最大限にするよう工夫しました。総合力に優れた選手は少ないので、その特長に応じた最適配置を徹底する必要がありました。
 1番と2番は、出塁率が高く、盗塁することのできる打者を選びました。打率が高いだけでなく、選球眼が良く足の速い選手を選びました。
 最も重視したのが3番打者、打率が高いだけでなく、勝負に強い打者を選びました。得点圏に走者がいる時に打ってもらわなければ点を取ることができないからです。
 4番打者は、打率が低くても良いので、長打力のある打者を選びました。追加点を取る確率を上げるためです。5番以降は次第に打力が低下し、得点する確率が低くなりますが、弱小校には仕方のないことです。
 可能な場合は、9番に足が速く、出塁率の高い選手を配置しました。9番からチャンスを作り、上位打線で点を取る確率を上げるためです。
 この打順を活かすためには、全選手の打率を上げるための効果的な練習が必要です。主戦投手である私が打撃投手を務め、各選手の得意なコースを判定するようにしました。
 得意なコースが解れば、追い込まれるまではそこしか打たないように指導しました。それによって、各選手の打率を1割前後上げることができました。
 この練習は、私の制球力の向上に大きく貢献し、私の被打率をかなり落とすこともできました。しかし、後輩の投手に投げさせる機会が減ったため、控え投手の育成を十分に行うことができませんでした。
 ミスの削減では、できることを確実に実行し、決して無理をしないように指導しました。無理をするとエラーを犯すことになり、大量失点につながるからです。
 練習では100%の努力を求め、試合では80%の能力を確実に発揮することを求めました。
 チームを引き継いだ頃は、連戦連敗の状況でした。せっかく先制点を取っても、後半に逆転されたことが何度かありました。
 勝ち経験の少ないチームは、勝利が見えてくると緊張してしまい、エラーをする確率が高まることを学びました。8回に逆転されたことが多く、魔の8回と呼んでいたくらいです。
 しかし、有力校に勝ってからは次第に平常心を保つことができるようになりました。人間の成長には成功体験を持つことが大事あることを痛感した次第です。
 3年の夏の甲子園大会の予選では、これらの苦労が完全に報われました。この年は、長い梅雨の後に猛暑となり、有力投手が調子を維持するのに困難を覚えた夏でした。
 いくつも番狂わせが発生し、次第に有力校が姿を消していきました。おかげで、弱小校であるわが校が熊本県ベスト4に進出することができました。
 その過程は非常に苦しいものでした。延長戦や引分再試合など勝ちぬいてベスト4にたどり着きましたが、それを可能にしたのは全員が実力を発揮したことにありました。
 最終的は途中敗退に終わりましたが、ここまで進むことができたことはわれわれにとって大きな成功体験になりました。
 ここで学んだことは、その後の研究者および教育者として人生に大きく貢献することになりました。
 学びは教室の中でのみ行うわけではありません。自分が選んだ世界で真剣に努力することが人間力の大幅な向上をもたらすこと高校時代に知ることができたことは、その後の人生を稔り豊かなものにしてくれました。
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2081)苦労と成長 [教育]

 私は、人の苦労話や成長物語に接することを非常に好んでいます。自分の成長に役立つからです。
 この嗜好性は、幼少期に始まっているようです。小学校の低学年の時期は、図書館から借りだした伝記を読み耽っていましたから。
 今でも強く印象に残っているのは、リンカーン、ノーベル、ナイチンゲールなどの伝記です。それ以外にも多くの伝記を読み、自分の成長に役立ててきました。
 教室で学んだことはあまり覚えていませんが、自分で選んだ本から得られた知識は私の能力に深い影響を及ぼしたようです。現在推奨されているアクティブラーニングを実践していたようです。
 伝記で得た知識は、その後の読書の方向に大きく影響したようです。ノーベルの伝記は科学の世界への道を開いてくれましたし、ナイチンゲールの伝記は人間の尊厳に関する考え方を育ててくれたようです。
 リンカーンまで読んだということは、人間の社会、すなわち政治の重要さにも目を開いたということで、高校生になってからは社会経済に関する本にも興味を持つようになりました。
 小学校の高学年に上がった頃は生き物に興味があったようで、シートン動物記やファーブル昆虫記を楽しんで読んだことを覚えています。
 このころは、キューリー夫人の伝記を読んだ影響か、科学全般にわたって興味を持つようになり、小学校5年生の頃、自宅で硫酸銅の再結晶実験を行ったことを覚えています。
 伝記を読むことは歴史への興味を深めることになります。古代史への興味が強まっていたようで、5年生の夏休みの自由研究では熊本市周辺の彩色古墳に関する報告を提出したくらいです。
 私の子どもの頃は、高度成長期の真っただ中にありました。司馬遼太郎の「坂の上の雲」を見ながら成長しているようなものでした。
 戦後の混乱から脱却し、欧米の科学技術を導入して我が物にするための努力が積み重ねられています。その過程がドキュメント化され、文庫本として読むことができるようになってきました。
 中学から高校にかけては、技術開発に関する本を読み耽ったもので、私の成長を大きく支援してくれました。私が研究の世界に入り、教育者としての道を歩き始めた時、これらの苦労話は大きな力となってくれました。
 本だけでなく、テレビなどでも技術開発物語や成功者の生き方を追跡した番組が放映され、それらを楽しんで視たものです。
 私は、学びの対象を教科書的なものに限定していないので、漫画なども勉強の材料に用いてきました。好きな漫画は繰り返して読みましたし、テレビかされた番組も楽しんで視ていました。
 大学教員の道を選んだわけですが、子どもと一緒にテレビ漫画に見入っている姿を家内はどういう目でみていたのでしょうか。
 しかし、最近はそのような本にも番組にも接する機会がなくなってきました。国としての成長期が終わっただけでなく、現在は長期不況にあえいでいます。
 苦労話では視聴率が上がらなくなったのでしょう。NHKの朝ドラでは成長物語を取り扱うことが多いのですが、それだけでは視聴率が上がらないのでしょう。
 面白くするためのエピソードが追加され、私のような人間はまだるっこしく感じてしまいます。早く先に進んでくれないかと思うことが多くなります。
 ドラマも面白さを追求するか、極端な状況を示すことに汲々としているようで、視たい番組がめっきり減ってしまいました。
 不満を感じずに視ることができるのはまともな刑事ものくらいで、これは娯楽として楽しんでいます。
 ニュースもあまり楽しいものはなく、報道番組も満足できるレベルのものはあまりありません。伝えられる情報が正確ではないことが多いからです。
 したがって、生の番組を視ることはほとんどなくなり、仕事をしながらお気に入りの録画した番組を楽しむ日々が続いています。
 ちなみに、私の好きな番組は鑑識捜査に関するもので、「科捜研の女」を楽しんで視ています。「相棒」はユニークな刑事が活躍する番組ですが、知らない情報を与えてくれることを評価しています。
 それ以外は仕事中のBGMとして楽しんでいるので、すでに視聴した経験のある番組を録画していてもあまり気にならないのが現状です。
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2080)確定申告2020 [生活]

 2月の最初の日曜日に、確定申告書の作成を行いました。提出可能になるのは16日からですが、気にかかる仕事は早めに終えることにしました。
 新型肺炎の危険から避けるため、無駄な外出を控えるようにしているので、申告書の作成に十分な時間を費やすことができました。
 もっとも、毎年ネットを利用して申告書を作成しているので、手慣れたものです。何もなければ30分程度で申告書を作ることができます。
 昨年は、私の医療費がかなりかさんだので、初めて医療費控除の申請を行うことにしました。これに手がかかったので、書類が仕上がるのに2時間近くかかってしまいました。
 医療費の領収書は毎年保存していましたが、控除を申請したことはありません。かなりの枚数の領収書がありましたが、そのリストを作り、すべての領収書を送る必要があると思っていました。
 しかし、実際はそこまでやる必要はありませんでした。利用者と利用場所ごとに合計値を記入すれば良いことになっていました。
 末の娘は、昨年はまだ扶養家族でしたが、医療機関の領収書は残っています。私と家内の領収書を事業所ごとに分類し、支払額を集計し、それを申告書に入力していく、医療費控除の明細書が出来上がっていきました。
 2人で、124480円の医療費を使っていました。医療費控除額は、私の収入の5%の金額と10万円の低い方の金額を差し引いた額です。
 10万円の方が低いので、それを差し引いた24480円が控除額になりました。これを計算に入れ、4860円が還付されるとの数値が出てきました。
 ここで気が付いたのが、年末調整済みの収入しか入力していなかったことです。3月までの崇城大学での収入は合算して年末調整が行われていましたが、それ以外の副収入の入力を忘れていました。
 3団体4件の収入が25万円程度ありました。これを入力すると、20200円の追加納税が必要になりましたが、この程度であれば上等です。以前は、より高額の追徴金を払っていましたから。
 ここまでできれば、完全に作業を終えて忘れたいところです。帳票を印刷して押印し、添付書類用の台紙にマイナンバー通知書と免許証のコピーを貼り付けました。
 この裏面に、源泉徴収票等を貼り付けても良いのですが、必要書類をすべて貼り付けることができるか不安でした。
 別紙に貼り付けても良いので、A4コピーに貼り付けていきましたが、なんとか片面にすべての添付書類を貼り付けることができました。
 追徴金は、例年通り銀行引落で納めることにしました。そのため、家計用の口座を指定して口座振替依頼書も作成していました。この書類には自著のサインが必要で、届出印を押す必要がありました。
 これらの作業が終われば、封筒に税務署の宛先シールを貼り、提出書類を入れるだけです。提出するまで2週間ありますが、作り上げれば忘れることができます。
 私は忘れっぽいので、下手をすると提出を忘れそうです。そこで、提出は家内にやってもらうことにしました。
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2079)新型肺炎 [食と健康]

 中国の武漢市周辺で発生した新型肝炎が大問題になっています。日本でも患者が発生し、その予防法の確立が喫緊の課題になっています。
 まだ、この病気に対する情報が不足しているので、確実な予防法が確立するまである程度の時間がかかりそうです。
 しかし、変異したコロナウイルスによる病気であることは解っているので、ある程度予防することができそうです。有効と思われる予防法をできる範囲内で実行し、合わせ技で抑え込むことになるでしょう。
 コロナウイルスの感染は、飛沫感染および接触感染により起こると考えられています。その予防は、インフルエンザと同様に行えば良いでしょう。
 まず、咳やくしゃみをしている人に近づかないようにすることで飛沫感染を防ぐことができます。マスクをすることも、飛沫観戦の防止に役立ちます。
 しかし、現在はマスクが店頭から消えてしまい、入手が困難になっています。症状の出ていない感染者も存在するので、不必要に人混みに出ない様にした方が良いでしょう。
 接触感染は、ほとんどの場合手を経由します。感染者が触れたものに手を触れると、それが感染源になります。これを防止するためには、手洗いが有効です。
 コロナウイルスはアルコールに弱いので、アルコール性の消毒薬を使うとより効果的です。また、界面活性剤に弱いので石鹸を使った手洗いも有効です。
 帰宅時、調理の前後、食事前には手洗いを励行するようにしましょう。感染は喉や気道で起こります。ウイルスを口から入れないことが肝要です。
 したがって、手を顔に触れる動作も危険です。女性は、お化粧の前にも手洗いが必要です。
 口からの感染を防ぐためには、うがいも効果的です。帰宅時はうがいを行うべきです。お茶に含まれるカテキン類は抗ウイルス効果があるので、冷ました緑茶等でのうがいはさらに効果的です。
 ビタミンCにも抗ウイルス効果があります。ビタミンC含量の高い食べ物を積極的に摂ると良いでしょう。
 ウイルスに感染しても、元気な人は自分自身の免疫系で抑え込むことができるようです。症状が軽い人やまったく出ない人がいますから。
 疲労が蓄積して体力が低下している人は、免疫力が低下している場合がありまます。疲れをためないように気を付けます。
 だからといって、運動を避ける必要はありません。ほとんどのウイルスは、熱に弱い性質を有しています。運動や入浴で体温を上げると、ウイルス活性が低下することが知られています。
 私の場合、朝のジョギングを続けている時はほとんど風邪をひきません。仕事や雨が続いて走ることが出来ない日が続くと風邪をひきやすくなります。
 免疫力の低下が起こるのは、激しいトレーニングや疲労の蓄積が著しい場合です。普通の人は免疫力の低下が起こるまで体を酷使することはできないものです。
 ウイルスに感染した場合、発熱することが多いのはウイルスを駆逐するためです。高熱が続くと脳に悪い影響を与えるので、解熱剤の投与が必要になります。
 しかし、むやみに解熱剤を使うと症状が長引く場合があります。解熱剤は医師や看護師の指示にしたがって利用すべきです。
 このように、新型肝炎の予防にはさまざまな手段を使うことができます。テレビ番組では、特定の予防法を強く薦める場合がありますが、その方法で予防できるとは限りません。
 一つの予防法に頼るのではなく、できることはなんでも実行することが新型肺炎を予防する確率を高めることになるでしょう。
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2078)三回忌 [生活]

 1月19日の日曜日の朝、母の三回忌に出席するため、熊本市内のお寺に出向きました。11時開始というので、かなり早めに家を出ることになりました。
 開場のお寺には、まだ行ったことがありません。名前と住所を教えてもらい、ネットで場所を確認しました。私が通った高校の近くなので、土地勘はあります。
 しかし、その近くを歩いたことはないので、周辺の道がどうなっているかは解りません。最も気になるのは、駐車場を確保できるか否かです。
 そこで、熊本市に住んでいる長姉に電話をかけ、数台の駐車スペースがあることを確認しました。これで安心しましたが、途中で何が起こるか解りません。できる限り早く出かけるべきです。
 福岡市の自宅からお寺まで、順調にいけば2時間で到着することができます。しかし、道路が渋滞すれば予定通りに到着することができません。
 日曜日の朝なので、渋滞する可能性は低いでしょう。しかし、1時間の余裕を持って動くことにしました。そうなると、8時には家を出る必要があります。
 恒例の朝のジョギングに出る暇はありません。朝の仕事を終えた後は、朝食を摂り、礼服に着替えて何時でも出かけることができるようにしました。
 間に合うように準備できるか危ぶんでいた娘も、早々と準備を済ませてくれました。おかげで、8時前に家を出ることができました。
 予想通り、道路は渋滞することはなく、10時少し前にお寺に着くことにできました。開始までかなり待つことになりましたが、遅れるよりましでした。
 三回忌は、家族のみで行うことにしていました。長姉夫婦は、姪と2人の孫を帯同しました。長兄は一人暮らしです。次姉は体調が悪いため出席出きません。その代わり、長女と長男夫婦が出席してくれました。
 あいにく住職が出張中であったので、若い僧侶がお経をあげてくれましたが、朗々たる度胸は立派なものでした。読経中に用いる鐘の響きは美しく、鳴らされる拍子木の音も気持ちの良いものでした。良い道具を使っておられると感心した次第です。
 三回忌は40分ほどで終わりました。何時もであれば、引き続いて食事になります。しかし、今回は次姉が欠席していることもあり、それを省くことにしました。
 私も娘も翌日は仕事があります。できる限り早く帰りつきたいところです。そこで、事前に姉に連絡しておき、すぐに帰路に就くことにしました。
 とはいうものの、散会したのは12時に近い時間です。どこかで昼食を摂る必要があります。そこで、昼食の場所の選択を娘に任せることにしました。
 若い人たちは、スマホで情報を獲得するのに慣れています。簡単に良さそうな場所を探してくれました。その店の電話番号をナビに入力すると簡単に店の場所が表示されました。その結果、簡単に目的地に着くことができました。
 選んだ店は、熊本の有名ラーメン店でした。12時頃到着したの、店の外まで行列ができていました。しかし、待ち時間は20分もなかったでしょう。首尾よく席に着くことができました。
 この店の代表メニューは豚骨こってりラーメンだそうです。折角ですから、3人でそれを頼みました。スープはとろみが出るほど濃厚で、非常においしかったのですが、少々胃がもたれてしまいました。
 夕食時になってもお腹が空かず、簡単に済ませることになってしまいました。一方、娘は元気に夜間テニスに出かけて行きました。若いということは良いことですね。
 余談ですが、長姉の次男は高校の先生です。この日はセンター試験の2日目であったため、生徒の世話をしなければなりません。そのため、三回忌に出席することができませんでした。
 私も、九州大学で教育担当副学長をしていた頃は、九州大学の試験本部長として神経をすり減らしていました。九州大学の個別試験より、センター試験の方が気苦労が多かったことを覚えています。
 現在勤務している精華女子短期大学ではセンター試験を利用する入学試験がありませんから、その実施を手伝う必要もありません。そのため、三回忌とセンター試験が重なっていることをまったく意識していませんでした。
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2077)実現可能性 [教育]

 私の早朝ジョギングの経路に、ある政治家の後援会連絡所があります。その敷地の入り口に、「犬・猫のフンお断り」の看板が立っています。それを最初に見た時には噴き出してしまいました。
 犬のフンは解りますが、猫のフンをどうやってお断りするのでしょう。こういう実現可能性に問題のある看板を立て続けている政治家に、政治を任せることができるのでしょうか。
 市販されている看板を購入して立てただけでしょうが、その内容に疑問を感じないのは問題でしょう。そういう看板を作って販売している会社も何を考えているのかと思います。
 しかし、世の中には実現可能性の低いプランを実行しようとしている組織は至るところに見られます。私自身、どうしてこのような計画が提案されるのか不思議に思うことがしばしばあります。
 私は、大学の教育研究者として40年近くはたらいてきました。研究成果が上がるかどうかは、研究計画の妥当性と実現可能性に大きく依存します。
 斬新で、波及効果の大きな研究でなければ高い評価を得ることができませんが、どのような素晴らしい計画であっても実現しなければ役に立ちません。
 研究成果があがらない研究者の多くは、計画策定時の実現可能性への配慮が不足していました。これは、研究の世界に限られることではありません。企業や官庁でも結果の出ない仕事を数多くやっていますから。
 したがって、新しい仕事を始める場合、成功確率を高めるための考察を十分に行う必要があります。新しい仕事程、不測の事態が発生する確率が高くなります。
 計画は、そのような事態に備えて柔軟性を確保する必要があります。起こりうる事態を想定し、それに対する対応策を事前に考えておく必要があるのです。
 それによって、速やかに問題に対応することができ、計画実行の遅れを最小限に留めることができます。これが必要になるのは、ほとんどの仕事に達成期限があるからです。
 満足できるレベルで仕事を終えることができても、期限に間に合わなければ役に立ちません。期限内に終えることができなければ、成功したとは言えないのです。
 期限内に業務を高いレベルで達成するためには、時間的に余裕を持って仕事にあたる必要があります。期限に追われて泥縄式で仕事をする人を良く見かけますが、それでは高い評価を得ることができません。
 自分自身で仕事をする場合は、簡単に達成期限を守ることができます。私の場合、仕事の依頼を聞きながら実行可能性を考えるので、達成期限を守れないことはありません。
 余裕を持ってできる仕事は引き受けますが、その余裕がない時には多忙を理由に断っていますから。
 仕事を引き受けた場合、期限がくればいつでも止めることができるようにしています。公的期限の1ヶ月以上前に自分自身の達成期限を設定し、それまでに仕上げるようにしています。
 不測の事態が発生しても、事故期限以降まで仕事を引きずることはありません。嫌な仕事程早めに切り上げ、やりたい仕事により多くの時間を費やすことができるようにしています。
 期限に追われない仕事のやり方の一つが、出来る限り早く基礎形を作り上げることです。ほとんどの場合、依頼を受けて1週間以内原案を作成しています。
 それ以降は、暇を見つけて修正するようにしています。次第に修正によるレベルの向上が認められなくなるので、期限が来れば提出してその仕事を忘れるようにしています。
 自分自身ですべての仕事をする訳にはいかないので、多くの仕事を学生や部下に任せてきました。仕事を任せなければ、彼らを育てることができませんしね。
 その場合は、実現可能性の高いプランを作成し、必要十分な説明を行い、達成期限まで十分な時間を与えて仕事を分担してもらうことになります。
 任せた後は、なるべく口を出さないようにしています。不用意に口を出すと、学生や部下は任されているとは思えなくなり、やる気を失う人が出てきます。
 人によっては、上司への依存度を高め、自分で考えることを止めてしまいます。いずれも場合も彼らの成長を阻害することになります。
 リーダーが仕事の内容を十分に理解し、実現可能性の高い計画を立てていれば、仕事は成功するものです。
 仕事が順調に進んでいるか否かは彼らの様子を見ていれば解ります。壁に当たっていることが解っていても、こちらから声をかけることはありません。
 しかし、解らないことがあればいつでも相談できる雰囲気を作っているので、自分で問題を解決できなかった場合は相談にやってきます。
 その際、彼らの考えを引き出す努力を行います。誘導尋問になることもありますが、彼らの意見の中から問題解決策を見出し、それに修正を加えて実行させるようにしています。
 この過程を通じて計画の実現可能性を高めることができますが、学生や部下は自分の考えに基づいて問題を解決できたことになり、自信をつけていきます。
 自分の頭で考え、自分の足で歩いて行くことのできる人間を育てるためには、このような個別指導による成功体験の付与が不可欠です。
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2076)同窓会案内 [教育]

 70年近く生きてくると、いろいろなしがらみに取り囲まれることになります。その最たるものが同窓会です。
 高校まで熊本市で育ち、九州大学に入学して9年半を農学部に在籍していました。2年半の海外留学に出た後、九州大学医学の基礎研究室で3年間助手を務めています。
 その後、出身学科の教員に採用され、63歳までそこで勤務しました。当時、国立大学法人の教員の定年は65歳でしたが、2年早く退職して崇城大学に移りました。
 ここでは、少なくとも5年間勤務する予定でしたが、精華女子短期大学から学長就任依頼があり、4年後に退職して現在の職に就くことになりました。
 大学を卒業した後何度か職場が変わったので、それぞれの同窓会の会員にならざるを得ませんでした。数が少ない場合はあまり問題がありませんが、数が増えてくると付き合いきれなくなってきました。
 出身地の熊本市にいたのは高校生までで、主として福岡市で生活してきました。そのため、小学校の同窓会から連絡を受けたことはありません。
 しかし、中学校の同窓会には1回出席したことがあります。同級生から案内があったので、出席することにしました。しかし、卒業して長い年月が経過しており、共通の話題を探すのに苦労しなければなりませんでした。
 高校の同窓会は、熊本市で毎年開催されています。この同窓会には私の学年が担当した年に参加しましたが、それ以来参加することはありませんでした。
 毎年、1月2日の夜に開催されますが、翌日の12時から九州大学農学部の所属学科の新年会が開かれるからです。
 大学院の学生時代は、その手伝いをしなければなりませんでした。教員になってからは、卒業生を迎えなければなりません。高校の同窓会に出席する暇などありませんでした。
 高校の同窓会は、毎年秋ごろに福岡市でも開催されています。こちらは出席可能であったので、参加してみました。しかし、1回だけで十分でした。
 元々、儀式を好まない性格です。決まったスケジュールに合わせて行動することが嫌いで、2時間以上にわたって話を合わせるのも億劫に感じる性格です。
 気の合った人たちと雑談するのは好きですが、同窓会や懇親会で長い時間を費やすことが苦手なのです。知人は限られており、古い先輩たちを持ち上げるのに汲々としている姿を見るのは苦痛でした。
 最も嫌気がさしたのは、アトラクションでぼした祭りの大騒ぎが演じられたことです。卒業生にとっては楽しいかもしれませんが、市中のホテルで大騒ぎを演じる集まりには付き合いきれないと感じました。
 崇城大学に移ると、この大学で行われている同窓会活動に関与することになりました。学部長を務めていたので、大学が開催する同窓会には出席しなければなりません。
 また、各地区で行われる同窓会にも出ていくことがあります。私は、沖縄同窓会に出席しなければならなくなり、家内を連れて沖縄に行ったことがあります。
 九州大学の出身学科の同窓会も、毎年熊本市で行われていました。これも、在職中は毎年出席しました、先輩も後輩もほとんどが顔見知りだったので、気楽な宴会でした。
 九州大学の医学部で3年間教員を務めたので、医学部同窓会の一員でもあります。毎年会報が送られてきますが、医学部同窓会に参加したことはありません。
 九州大学では副学長を務めたことがあるので、大学全体の同窓会の案内も来ますが、これも理由がない限り出席したことはありません。
 まだ現役で仕事をしているので、余分な仕事に時間と体力を使う余裕がないからです。現在やるべきことは、精華女子短期大学の同窓会を活性化することであり、同窓会関係ではその仕事に全力を注いでいるところです。
 公式の同窓会以外に、野球部関係の同窓会があります。熊本高校硬式野球部の同窓生から声がかかり、崇城大学時代は何度か面識者のみの同窓会に出席しました。
 その際、高校の野球部の指導をしてくれないかと言われましたが、その暇はないので断ることになりました。
 九州大学では、硬式野球部長を務めていたので、その同窓会からの案内も届いていました。しかし、崇城大学に移ってからは参加することができなくなりました。
 週末は福岡市の自宅で過ごしていたので、参加することは可能でした。しかし、自宅にいる時も大事な仕事をしていることが多いので、その暇はありませんでした。
 私は、現在と未来しか見ようとしない性格を持っています。引退しなければ、過去の思い出を楽しむ心境にはなれないでしょう。
 学長として仕事を頼まれれば別ですが、過去に属する同窓会の案内に応える日がくるのはかなり先のことになりそうです。
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2075)血圧計 [食と健康]

 年が明けて、新しい血圧計を購入しました。それまで使っていた血圧計が老朽化し、測定エラーが発生する頻度が高まっていたからです。
 私は軽度の肥満の状態が続いており、そのため血圧も高血圧との境界領域にありました。健康を維持するためには、自分の血圧を正確に知っておく必要があったからです。
 血圧には、最高血圧と最低血圧があります。最高血圧は、心臓が血圧を送り出すために収縮した時の血圧で、収縮期血圧や最大血圧とも呼ばれています。
 最低血圧は、心臓の筋肉が完全に拡張した時の血圧で、拡張期血圧もしくは最小血液とも呼ばれています。いずれの血圧も、正常域より高くなると高血圧と診断されることになります。
 自宅で測定する場合は病院等で特定する時より血圧が低めに出ることが多いようです。そこで、血圧の正常域は家庭での血圧より診療室での血圧が5 mmHg高く設定されています。
 家庭での血圧の正常域は、最低血圧が85 mmHg未満、最高血圧が135 mmHg未満です。診療室での血圧は、この値に5 mmHgを加えたものです。
 私の家庭での測定値は、最低血圧が70 mmHg前後、最高血圧が130-135 mmHgになっています。健康診断時には最高血圧が140 mmHgを超えることが多いので、二次検診の受診を求められることが多くなっています。
 現在、2ヶ月に1回病院で検査を受けているのは体質改善が必要になっているからです。
 1年前は、BMIが26を超えており、明らかに軽度肥満の状態にありました。体脂肪率も同様の数字で、血清指標も肝機能も健康とは言えない状況にありました。
 血圧も若干高めであったので、自宅でも折に触れて血圧を測定するようにしてきました。それに使っていた血圧計が不安定になったため、新調する必要がありました。
 血圧計には、3つのタイプがあります。腕を差し込んで使うアーム式は病院などでも使われているタイプで、簡単かつ正確に血圧を測定することができます。
 性能は良いのですが、最も高価です。これまで使ってきたのもアーム式でしたが、若干かさばるので置き場所に苦労していました。
 そこで、今回はよりコンパクトな物を使うことにしました。よく見かけるのは腕にベルトを巻いて測定する上腕式の物です。これを使っている病院も結構あります。
 医者や看護師は慣れているので良いのですが、そそっかしい私がこの装置で正確に血圧を測定できるのか、若干不安に思いました。
 使い勝手は、使ってみなければ解りません。価格はアーム式の半分程度なので、これを購入して使ってみるつもりでした。
 ところが、これよりコンパクトな手首式の血圧計が売られていることに気が付いてしまいました。手首式になると、さらにコンパクトになり、楽に持ち運ぶことができそうです。
 上腕式より若干使い難く、慣れが必要な様でした。しかし、展示品を使ってみても問題はなさそうでした。思い切って手首式を購入することにしました。
 価格は手首式が最も安かったのですが、その中では高めのものを選びました。同じメーカーで5000円台と6000円台の機種が売られていましたが、後者を選びました。
 上級機の方が、液晶画面が少し広かったからです。老眼の進んだ老人にとって、細かい表示を見るのは苦痛ですから。
 価格差は1000円に過ぎませんが、画面の大きさ以外にも優れた面があるでしょう。贅沢品にはあまり金を使いませんが、日常的に使うものについては高いものを購入した方が満足できますしね。
 自宅で使ってみると、使い勝手は上々で、測定精度も良いことが解りました。置き場所に困らないので、いつでも測定出来るのが利点です。
 健康管理に使う情報は、毎日同じ条件で測定して得ることになります。測定条件が変わると、血圧はかなり変動しますから。
 この血圧計は、持ち歩いて使うこともできるので、いろいろな動作を行った後の血圧測定にも使いたいと思っています。
 私は食と健康が専門の農学研究者です。医者ではないので、人間を使った研究を行うことができません。しかし、自分の体を使っていろいろな測定を行うことはできます。
 この血圧計を使うと、血圧を変動させる動きとその変動幅を知ることができます。どうすればどこまで血圧が上がるのかを知っておくことも健康管理に必要です。ブログで紹介できるような結果が集まれば良いですね。
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2074)ゼロスタイルのホルダー [生活]

 最近は喫煙者にとって強い逆風が吹いており、喫煙できる場所がかなり減ってきました。崇城大学時代は、勤務場所の近くに喫煙所があったので、仕事に疲れるとタバコを吸いに行っていました。
 現在は、女子短期大学ですので、基本的に禁煙です。自宅では吸わないので、タバコを吸う機会がほとんど無くなってしまいました。
 これで、タバコを止めることができれば良いのですが、それではストレスが溜まってしまいます。1日に数本のタバコが消費されているのが現状です。
 どこで吸っているかというと、通勤時の車内です。交通量の多い道路を通らなければならないので、どこかで渋滞にぶつかります。
 仕事を終えて帰路に就く時のストレス解消と渋滞時のイライラ解消が喫煙の主な理由になっています。
 日に数本のタバコであれば、いつでも止めることができるのではないかと言われますが、真剣に止める気にはなれないようです。
 自宅で過ごす長い休みの間は、何日間もタバコなしで過ごしているにもかかわらず、勤務日にはタバコを吸いたい時間がどうしても出てくるようです。
 学長室でその状態になると、タバコを吸いにどこかに出ていく必要があります。何か、気をまぎらすためのできる代用品が必要です。
 そこで、以前から時々利用していた無煙タバコの利用を再開することにしました。最近は加熱するタバコがもてはやされていますが、それを利用する気にはなれません。
 燃やす時ほどではありませんが、加熱によっても有害物質が出てくるからです。加熱もしないゼロスタイルを使う気になったのは、周囲の人に迷惑を及ぼすことがないからです。
 以前、燃やさないタバコの必要性を日本たばこ(JT)の人たちに話したことがありました。そのためか、10年程前にゼロスタイルが発売された時、サンプルと専用ホルダーをプレゼントしてくれました。
 ゼロスタイルは、カセットに詰められたタバコの葉を専用のホルダーを用いて吸引するものです。カセットの3本組、もしくはホルダー1本とカセット2本のセットで販売されています。
 セットのホルダーは薄いプラスチック製ですが、私がもらったホルダーはエボナイト製と思われるしっかりした造りのものでした。
 タバコを吸っている気があまりしないので、もらった時にはすぐ利用を止めてしまい、長い間放置されていました。
 しかし、2年ほど前に節煙する気になりました。当時の勤務先である崇城大学で全面禁煙の動きが強まっていたからです。
 そうなると、カセットの補充を行う必要があります。しかし、人気のない商品を入手するのはなかなか困難です。ネットで熊本市内の販売店を調べ、その一軒でかなりのストックを確保することができました。
 この店では補充することもなくなっており、次に必要になった時には取り寄せてもらう必要がありました。他の店にも行ってみましたが、なかなか製品を見つけることができませんでした。
 福岡市の自宅に帰ってからは、時々カセットの交換を行っていましたが、在庫が少なくなる前にホルダーが壊れてしまいました。吸い口を固定するためのネジが壊れてしまったので、もはや使用に耐えません。
 今回は、福岡市周辺の販売店を調べ、ホルダーの購入を試みることになりました。まず、通勤経路の近くにある筈の販売店を探しに行きましたが、見つけることができませんでした。
 次に、地下鉄中洲川端駅の近くにある筈の販売店を探しに行きました。今度は徒歩なので、博多座の隣にある店を簡単に見つけることができました。
 ホルダーが1本飾られていたので、それを購入することにしました。現在は、ホルダーのみの販売は行われていないそうで、運よく売れ残りを入手することができました。
 セット販売もされていましたが、こちらは好みの味のカセットとのセットがなく、購入しませんでした。川端通の反対側のキャナルシティーの近辺には複数の販売店があるようです。
 遠からず、仕事でその近くに行く予定です。その際、使いやすい販売店を見つけておこうと思っているところです。
 私は忘れっぽい性格なので、ホルダー1本では不安です。予備を確保するとともに、入手先を見つけて置く必要がありますから。
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2073)最初の1年 [教育]

 新しい組織に入った時、最初の1年はかなり苦労するものです。組織によって文化が異なるので、仕事の内容もやり方も異なる部分が多いからです。
 それに慣れるまでは大変ですが、最初の1年が過ぎるとかなり楽になります。2年目からは、やるべきことが解っているので仕事を予測することができ、前年の経験に基づいて処理することができるようになるからです。
 ただし、2年目のメリットを享受するためには業務記録をきちんと残す必要があります。何時、どのような仕事を、どのように達成したかを、記録しておくべきです。
 解りやすく編集され、重要なポイントに絞って記載されていれば、同種の仕事を容易に遂行することが可能になります。
 また、作成した文書を分類して残しておけば、大部分の仕事はその手直しで済ませることができるようになります。
 やるべき仕事を予測して前倒しで準備を始めるためには予定表の充実も必要です。前年の業務実施記録にその後の予定を追記していけば、次にやるべきことを簡単に予測することができます。
 この予定表は数十年にわたって作成し、携帯できるようにしてきました。1年分の記録に次の予定を書き込む方式は、仕事量が多い場合でもかなりコンパクトになります。常時携帯することができますし、必要な情報を簡単に取得することができました。
 しかし、昨年の4月に精華女子短期大学の学長としての仕事を始めてからは、少し使い難くなってきました。書き込むべき情報の種類が増えたため、追記式では全体の仕事を見通すことが困難になりました。
 そこで、3年連記の予定表に切り替え、同じ時期の予定表を横方向で確認することができるようにしました。それによって、前年、当年、翌年の予定を簡単に参照することができるようになりました。
 当然、空白の部分が増えるのでページ数が倍増しましたが、携帯に支障をきたす程ではありませんでした。
 このように、業務の内容が変わった場合も最初の1年はとまどうことが多くなります。仕事のやり方も変える必要が生じます。
 私の場合は職場と業務内容を何度も変えざるを得なかったので、最初の1年への対応法をかなり良く知っています。
 効率的に処理することはできますが、鬱陶しいことにかわりはありません。新人を採用した時の教育については、上層部の手厚い配慮が必要であると考えています。
 同様な配慮は、学生の受け入れに際しても必要です。九州大学で教育担当副学長を務めていた頃は、学部の1年生に対する対応には強い関心を持っていました。
 教育担当副学長は、学生の健康だけでなく、精神的なトラブルに対応する健康科学センターの責任者でもありました。
 センターでは、学生だけでなく教員の相談に対応する必要もあり、常に手不足の状態で運営されていました。しかし、増員要求を通すことができず、私自身もストレスを感じながら仕事をしていたことを覚えています。
 学部の新入生以上に問題が多かったのは、他大学から大学院に入学した学生たちです。出身大学より高いレベルで研究を行い、結果を出さなければならないので、学生たちの1年目のストレスは非常に大きいものがありました。
 問題の多くは、夏休みまでに発生し、優秀な学生たちが退学していきました。最初の1年を乗り越えた学生たちは、修士もしくは博士課程の修了迄耐え抜くことができます。
 多くの場合、研究室の雰囲気や指導教員のやり方にあわない学生たちが休学、引きこもり、退学などのトラブルに巻き込まれていきます。
 誰かが悩みを聞いてやればなんとか持ち応える学生も多いので、現場ではたらいていた時は、昼休みを他研究室の学生のカウンセリングに開放していました。
 副学長室に相談しにきた学生もおり、担当教員に連絡を取って指導法を修正してもらったこともあります。この学生は、全大学院生に開放していた「リーダー教育と科学者教育」を受講していた学生です。
 講義等で直接接触し、信頼できると感じた教員でなければ、学生たちはそのような相談に来ることはありません。学生の退学を防止する最も有効な手段は、現場の教員による早期カウンセリングなのです。
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2072)足首痛 [運動]

 1月2日の早朝ジョギングの最中、右足首に鋭い痛みが走りました。この日は足の調子が良く、1 kmを6分台の速度で快調に走っていましたが、6.7km走ったところで痛みが出ました。
 若い頃は、5分台で走っていましたが、現在は7分台でのんびり走っています。調子に乗りすぎたようです。すぐに速度を落とし、しばらく走り続けましたが、再び痛みが出そうな感じです。
 再度鋭い痛みが出ると、しばらく走ることができなくなりそうです。大事を取って、7.2 km地点でジョギングを中止し、歩いて帰宅しました。
 歩いている間は痛みません。帰宅して湿布を貼りましたが、たいしたことはなさそうです。炎症を起こして熱を持っている時は、湿布の薬剤が浸透していき患部が冷えていくのが解ります。しかし、その気配はまったく感じませんでした。
 おそらく、この痛みは一過性のもので、用心すれば速やかに消えていくのでしょう。あまり効果はなさそうですが、湿布は続けることにしました。
 翌朝は、試しに少しだけ走ってみました。いつでも中止することができるように、自宅の周辺を走ってみました。やはり、右足首が頼りない感じです。800 m走ったところで走るのをやめ、歩いて帰りました。
 この2日間、日中はウォーキングシューズを履いてかなり歩きましたが、痛みはまったく感じません。どうも、現在使っているジョギングシューズに問題があるようです。
 このシューズは、自宅でのジョギング用に2年以上使い続けてきたものです。昨年の3月下旬以降は、ほぼ毎朝ジョギングに使っています。
 靴底はすり減り、道路の固い舗装が足裏に伝わってくるようになっていました。もっと悪いことに、踵の外側が片減りしており、そこに余分に体重がかかるようになっていました。
 踵の片減りは、左のシューズにも同様に起こっていました。右足首が先に痛んだのは、右が利き足でこちらに余分に体重がかかっていたのではないかと考えました。
 そこで、劣化の進んでいないシューズで走ってみることにしました。4日の朝は、予備に回していた熊本で使っていたシューズを使って走ってみました。
 痛みが出ないまま5 kmを過ぎてしまったので、この日も大事を取ってそこで走るのを止めました。6日は、痛みが出ないまま10 km以上の距離を走り終えることができました。
 このシューズは、まだクッション性が良く、踵の片減りもあまり進んでいません。やはり、シューズの劣化が原因であったようです。
 以前も、安いシューズを使っていた時に痛みが出てことがあります。今回はシューズの劣化が原因でした。劣化していることは解っていましたが、道具は使い込むと愛着が出てくるもので、捨てかねていました。
 しかし、痛みが出る様では使い続けることはできません。すぐに廃棄することにしました。おかげで、わが家の靴箱に1足分のスペースを空けることができました。
 わが家の靴箱には、私の2軒分の履物が収められています。昨年の3月末から同居するようになった娘のシューズも収まっています。スペースが空くのはうれしいことです。
 私のシューズには、自宅と単身赴任先で使っていた物だけでなく、予備のシューズが含まれています。シューズはなかなか消耗するものではなく、この1年間で退役したのは1足きりでした。やっと2足目を退役させることができました。
 シューズに限りません。退役することが可能になった物品は速やかに廃棄していますが、まだまだわが家は予備の物品があふれているのが現状です。
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2071)PayPayの導入 [生活]

 この数年、スマートホンを使ってきましたが、その利用範囲はなかなか拡大しませんでした。ガラケーの時代から、携帯電話はなるべく使わないようにしてきたので、その習慣が続いているためです。
 仕事に追いかけられるのを嫌ったためで、携帯電話は家族との通信に主として利用してきました。スマホを使うと、画面がやや大きくなり、活字情報の読み取りが便利になりました。
 しかし、それと並行して老眼が進んだので、あまり便利の良い端末にはなりえませんでした。拡大しなければ字を読むことができません。拡大すると全体が見えなくなくなり、画面を動かす必要が生じます。
 パソコンを使いなれている人間にとって、スマホでの情報の読み取りはストレス以外の何物でもなかったのです。
 メールの作成も、キーボード入力に慣れている人間にとっては苦痛の多いものでした。Lineのトーク程度であれば良いのですが、長いメールをスマホで書く気にはなれませんでした。
 そこで、iPadを購入してスマホの機能の一部を代行できるようにしました。インターネット情報の読み取りやメールの送受信はかなり楽になりました。
 出張にパソコンを持っていく必要がなくなり、原稿作成にも使うことができるようになりました。しかし、パソコン程使い勝手は良くないので、利用範囲を広げて慣れる必要があると考えました。
 そこで、LineのアカウントをiPadに移しましたが、利用頻度は高まりませんでした。家族への緊急連絡にしか使わないので、iPadを開くことのできる環境で必要になることはあまりありませんでした。
 結局、スマホの携帯電話機能を使って電話をする羽目になりました。Lineはスマホで使い、無料通話を活用した方が便利なようです。そこで、iPadに移したLineのアカウントはスマホに戻すことにしました。
 もう一つ、スマホの利用を拡大しなければならない事情が生じました。今年からヤクオクドームがPayPayドームに名称が変更され、ドーム内での現金決済がPayPayに一本化されることになりました。
 そうなると、PayPayを利用可能にしておかなければ不便です。娘に頼めば、簡単に利用可能にしてくれますが、自分で利用可能にした方が良さそうです。
 トラブルが発生した時、自分で問題を解決できるようにしておくためです。正月休みが明けると忙しくなるので、休み期間中にPayPayの導入作業を行うことにしました。
 アプリをダウンロードしてインストールし、個人情報を入力して登録すればよいのですが、本人確認作業を何度か行う必要があるので、結構手間取りました。
 なんとか登録が終わると、銀行口座の登録が必要になりました。個人情報と銀行口座の情報を入力し、本人確認を行う必要があります。これらの情報をスマホで入力するのが面倒でしたが、これもなんとかやり遂げました。
 後は、登録した口座から現金をチャージすれば良いだけです。3万円までチャージすることができますが、1万円に留めました。
 オートチャージ機能を付与したカードを複数枚使っているので、PayPayでの支払いが必要になることはあまりありませんから。PayPayのオートチャージも可能ですが、利用頻度が高くなければその必要はありません。
 PayPayは導入店舗の初期投資がほとんどないのがメリットになっているようです。そのため、カード決済ができない店ではPayPayでの支払いが可能になっている所がおおいようです。
 このような店でPayPayの利用に慣れておけば、野球のシーズンが始まった時に戸惑うことが無くなるでしょう。
 それにしても、世の中の進歩は年寄りにとって早すぎます。長く生きるということは、使うつもりの無かったものを使わざるを得なくする様です。
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2070)小学校教員の採用 [社会]

 2019年12月24日の毎日新聞の朝刊に、2019年度の公立小学校教員の採用試験の倍率に関する記事が掲載されました。地方自治体により大きな差があることに問題になっているようです。
 全国では2.8倍で、漸減傾向が続いています。前年度は3.2倍でした。最も倍率が高かったのは、2000年の12.5倍でした。
 受験者数はあまり変わっていません。2000年度が46156名、2019年度が47661名です。小学校の教員になるためには、教育大学を卒業する必要があります。教員養成課程の定員は大きく変わっていないので、当然のことです。
 倍率が変わるのは、採用者数が変動するからです。2000年度は就職氷河期で、採用者数は3683名にすぎませんでした。一方、2019年度は17029名に達しました。団塊の世代の教員が大量に退職し、その補充が必要になったからです。
 全国平均の採用倍率は、問題になるレベルではありません。しかし、倍率が2倍を切ると十分な能力を有する人材を揃えることができなくなるといわれています。
 採用の単位であるある地方自治体の中には、2倍を大きく下回るところがあることが問題になっているのです。
 倍率の低い順から行くと、新潟県の1.2倍、福岡県の1.3倍、佐賀県の1.6倍、北海道・札幌市と北九州市の1.7倍が並んでいます。
 倍率の高いのは、兵庫県の6.1倍、高知県と相模原市の5.8倍、群馬県の5.5倍、三重県の5.0倍が並んでいます。これらの自治体では、教員採用を計画的に行っており、採用者数を大きく変動させていないようです。
 倍率が低い所は、採用者数が多いだけでなく、受験者数が少ないことが原因になっているようです。待遇が悪ければ、受験者数は大きく減少することになります。
 待遇が良ければ、他の自治体の出身者が受験してくれますから、低倍率に悩む必要がなくなります。
 わが国は、天然資源に恵まれない国です。人的資源は比較的豊富で、教育レベルの高さが高度成長を支援してきました。
 しかし、教育の軽視が続いてきた結果、人的資源の優位性が崩れつつあります。回復の兆しの見えない長期不況の継続がその結果です。
 次世代の人材教育においては、学年が下がるにつれて教員の能力の高さが必要になります。子どもたちの能力開発に大きく影響するからです。
 三つ子の魂百までといいますが、幼年期に遭遇した大人たちの人格が子どもたちの将来を左右するのです。
 幼稚園、保育園、小学校の先生は、子どもたちにとって非常に大きな存在です。これらの先生の待遇を改善するとともに、社会的な評価を高めることがわが国の発展を確かなものにする道であると思います。
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2069)挨拶習慣 [教育]

 挨拶習慣をつけることは、充実した人生を送ることを可能にします。人との付き合いが上手になり、円滑な初回生活を送ることができるようになるからです。
 私は、早朝ジョギングを行っています。朝、暗いうちから走りに出ますが、帰路に就いた時にはすっかり明るくなっています。
 夏場は走る時間が早すぎるので出会うことはありませんが、冬場は通学途中の小学生と出会うようになります。
 その際、子どもたちから朝の挨拶を受けることがあります。こちらもにこやかに挨拶を返していますが、その日は1日中気持ちよく過ごすことができます。
 挨拶習慣のついている子どもたちの前途は洋々たるものです。学校では先生から可愛がられ、たくさんの友人を作ることができます。
 職場でも、周囲と協力して仕事をすることができるので、高い信頼を得ることができます。仕事のできる人は、挨拶習慣のついている人が多いものです。
 この習慣は、子どものころに作られます。親のしつけの適切さが子どもたちの将来を左右するのです。
 子どものしつけは、それほど困難なものではあります。親が正しく行動していれば、しつけを考える必要すらないものです。
 親が周囲の人たちとにこやかに挨拶していれば、おのずと挨拶習慣がついてくるものです。親が子どもに感じる不満の多くは、自分の欠点を見ているにすぎないのです。自分ができていないことを子どもに要求するのは無駄なことです。
 挨拶の習慣は、大人になってから身に着けることができます。本人がその必要性を感じることができればそれが可能になります。
 九州大学に勤務していた頃、先輩の教授の先生から尋ねられたことがあります。どうして学生たちはあなたには挨拶するが、私にはしないのかという質問です。
 その時は、にこやかに挨拶を返せば、学生は挨拶をしてくれるようになりますよとのみ答えました。その先生は、学生の挨拶に頷くだけで返事をしていなかったのです。
 学生は、教員をワンランク上の人間と考えています。学生の率直な意見を聞くためには、教員から近づいていく必要があります。
 挨拶を返すだけでなく、教員から話しかけることも必要なのです。それによって、学生とは対等の立場で話すことができるようになります。
 この関係を築いておかなければ、学生生活に問題が生じた時に相談しに来てくれません。学生たちが遭遇するトラブルは些細な問題から始まることが多いものです。
 早く相談に来てくれれば簡単に解決する問題でも、深刻化するとひきこもりや退学につながっていきます。挨拶習慣がついていれば、このようなトラブルに遭遇することがなくなります。
 小学生時代に身に着けた挨拶習慣は、中学校から高校にかけて薄れていく生徒が多いようです。そのため、大学で挨拶習慣をつけ直す必要が生じます。
 崇城大学では、年度の初めに挨拶運動をおこなっていました、おかげで学生との対話を容易に成立することができました。
 先生との対話の機会が増えると、学生たちは順調に育つことができます。学生の伸び率は九州大学より崇城大学の方が高いのではないかと考えたくらいです。
 現在勤務している精華女子短期大学も、良い雰囲気のなかで学生たちが生活しています。元気が良く、対話のできる学生が多いので、私も楽しく勤務することができています。
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2068)初詣 [生活]

 わが家の正月に関する記事はまだ終わりません。今日の話題は初詣に関するものです。
 私は科学の世界で生きてきたので、神頼みをすることはありません。しかし、周囲の人たちの信心を妨げることはありません。
 信仰心の強い人たちがかみの助けを受けることを望めば、良い結果が期待できることも知っているからです。
 そのため、家内の初詣には毎年付き合っています。一緒に賽銭をあげ、手を合わせています。そうすることで家族の気持ちが穏やかになれば言うことはありません。
 わが家の初詣の先は、最近は宗像大社に行くことが多くなっています。ここは、海の民であった宗像一族の守り神だったので、交通安全では評価の高い神社です。
 そこで、新調した愛車のお払いに使い始めました。駐車場が広く、アクセスも良いので、混雑が予想される初詣にも使うようになりました。
 福岡市の周辺には、有名な神社がかなりあります。最も有名なのは菅原道真ゆかりの太宰府天満宮です。ここは、多数の参拝者が詰め掛けますが、駐車スペースは十分ではありません。
 初詣の場合、有料駐車場の空きスペースを見つけるにも苦労する程です。ここは、西鉄電車で行くべき所で、車で行くところではありません。
 敵国降伏の額で有名な筥崎宮も地下鉄やJRを使って行くべきです。駐車場もかなり用意されていますが、初詣に車で行くべきではありません。
 自宅に近い所では、宮地嶽神社があります。ここは、駐車スペースが十分ではなく、電車で行くこともできなくなったので、ひどい渋滞に見舞われます。
 宗像大社は、早めに行けば渋滞を避けることができるので、初詣はここに行くようになりました。
 最近は、帰省した長女一家を送り出した翌日に初詣に出かけています。昨年は、1月1日に帰省して4日に帰ったので、初詣は5日の土曜日の朝になりました。
 世界遺産に認定されて最初の正月だったので、いつもより渋滞がひどくなることが予想されました。幸い、夫婦2人暮らしだったので、8時前に家を出ることができました。
 ひどい渋滞に合うこともなく、20kmの距離を40分で走り切ることができました。しかし、今年は1月2日に初詣に行くことになりました。
 まだ初詣のピークが過ぎていないので、かなりの渋滞が予想されます。今年は、令和命名で有名になった太宰府の坂本八幡宮への参拝が増える可能性もあるので、ひどいことにはならないかもしれません。
 いずれにしろ、早く出るに越したことはありません。しかし、今年は次女を連れていく必要があります。間に合うように起こしたつもりでしたが、出かける準備に予想以上の時間が必要でした。
 家を出たのは8時40分頃になり、宗像大社の手前で渋滞に遭遇することになりました。所要時間は倍増し、到着まで80分が必要でした。直前のノロノロ運転に40分を費やした訳です。
 娘の外出準備に長時間を要する場合があることは解っていました。もう少し早く起こすべきでした。それでも、家族が一緒であれば渋滞も苦になりませんでした。
 3人共結構忙しい生活を送っているので、ゆっくり話す時間はあまりないのが実情です。渋滞中は、家族の会話を十分に楽しむことができました。

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2067)穏やかな元日 [生活]

 2020年の元旦は、慌ただしく始まりました。帰省した長女一家が9時過ぎの飛行機で福岡空港を出るので、間に合うように空港に行く必要があったからです。
 7時過ぎには自宅を出た方が良いので、6時頃孫たちを起こし、なんとか朝食を食べさせ、7時過ぎに自宅を出ることができました。
 元日の早朝は、さすがに道路が空いていました。30分足らずで空港に着き、長女一家を降ろし、30分足らずで帰ってきたので、帰宅したのはまだ8時を過ぎた頃でした。
 下の子は寝起きの不機嫌でぐずりましたが、朝食は大好物のカレーライスにしたので、間に合うように朝食を済ませてくれました。
 正月料理を楽しむどころではなく、無事に福岡を送り出すことに専念した次第です。しかし、慌ただしい朝を送った分、その後はのんびりと元日を過ごすことができました。
 その理由は、正月の行事をほとんど行わなくなっているからです。同居していた家内の母が亡くなってからは、お節料理を作るのは止めています。
 私たちの親の世代は、戦後の食糧難を体験しているので、食事に不足が無いように気を使いすぎる傾向があります。義母も、料理を作り過ぎたり、頼み過ぎたりすることが多く、その消費にかなり苦労させられてきました。
 私たち夫婦が近くに住んでいるので、余った料理を持ち帰って消費してやる必要があります。子どもたちはお節料理をあまり好まないので、助けになりません。
 結局、年が明けるとお節料理の消費に私が苦労する都市が続いていました。そのため、お節料理を作るのは止めてもらうことにしました。
 家内は子どもたちの帰省に対応しなければならないので、余分な労力を費やす必要はありませんから。
 盆と正月に子どもたちが帰省する時は、子どもたちが食べたい料理を作るようにしています。そうすれば勝手に食べてくれるので、手もかからないのです。
 7時過ぎに家を出る必要がなければ、走り初めに行くところですが、これはあきらめなければなりませんでした。早朝ジョギングは、6時半前後に家を出て1時間以上走っているからです。
 しかし、帰ってきたのが8時過ぎだったので、それから走りに行くことにしました。朝食を済ませて体が重くなっているので、距離は短めにしました。走り初めができれば良いと思い、7 km強を走って帰ってきました。
 元日の午後は、初詣や買い物に出かけなければあまりやることはありません。私たち一家は人混みを嫌う田舎者揃いなので、必要がなければ混雑する場所には出かけません。
 元日は、買いたい物を売っている店が開いていないので、出かける気になれません。2日には開くので、2日の朝の早い時間帯に初詣を済ませ、帰りに買い物を済ませることにしました。
 家内を休ませるため、夕食を外で食べることも考えましたが、予約なしに気に入った所で食事をするのは難しいようです。
 そこで、準備の簡単な鍋料理で夕食を済ませることにしました。しゃぶしゃぶ用の上等な肉をいただいていたので、これを使うことにしました。
 残り物で簡単に昼食を済ませ、元日から開いているスーパーで不足する食材を購入すると、しゃぶ鍋の準備は簡単に済ませることができます。
 いかげで、元日の午後はのんびり過ごすことができました。録画した番組を見ながら、やりたいことだけをやる落ち着いた時間を過ごすことができました。
 そういう気分になれたのは、年賀状の返事を出すことを諦めたからでもあります。例年通り、100通前後の年賀状が届いていましたが、慌てて返事を出す必要がありません。
 記録すべき情報が書かれている年賀状を選び、その記録を残せば良いだけです。時間に追われることもなく、穏やかな午後を過ごすことができました。
 この日の朝は、予想より天気が良く、初日の出を拝むことが可能でした。あいにく、日の出の時刻は長女一家を送っている時間帯と重なっていました。
 福岡空港で長女一家を降ろしている頃に陽が出たようで、気が付いた時には完全に陽が上っていました。
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2066)孫へのプレゼント [生活]

 長女一家は12月28日の夜に帰省してきましたが、29日と30日の日中は夫婦で孫たちを連れて出かけたので、私たち夫婦は楽に過ごすことができました。
 しかし、3日目になると連れていく場所が無くなってしまいました。そこで、孫たちにプレゼントをするため、買物に行くことにしました。
 31日は、年越し蕎麦を食べに行くことにしたので、そのついでにイオン福津に足を延ばすことにしました。私はイオン銀行に口座を開いており、イオンカードを利用すると種々の特典があるからです。
 4人の子どものうち、3人の子どもたちは遠隔地で独立した生活を送っています。それぞれの家庭に孫がいますが、会う機会が少ないのでプレゼントを買ってやることができません。
 プレゼントは、本人に選ばせなければその価値が半減してしまいます。そこで、誕生日や祝い事には親に定額の現金を送り、孫たちが欲しがるものを買ってもらうようにしています。
 今回は、買物に連れていく暇ができたので、珍しく買ってやることができました。
 家を出る時は、小学校1年の長女は服を欲しがっていました。しかし、イオンモールに着いてみると気が変わりました。おもちゃを買いたいというのです。
 2歳4ヶ月の長男は、おもちゃ以外の選択はなさそうです。そこで、トイザらスで選ばせることにしました。
 長男は機関車トーマスのプラレールを選び、長女はスケートボードを選びました。後者は結構高かったのでそれでも良いのかと尋ねにきました。
 しかし、滅多にない機会なので金額に上限を設けるつもりはありません。子どもにとっては高い買い物ですが、われわれ老夫婦にとっては高額とは思えませんでしたから。
 レジに行ってみると、カード会員への入会を勧められました。入会すると300円の割引が可能になるそうです。
 孫たちにおもちゃを買ってやる機会はほとんどないので、入会する必要はないと思いました。しかし、割引の申し出を拒否することもないと思いました。入会手続きは簡単に終わると思ったからです。
 しかし、簡単ではありませんでした。氏名、住所、電話番号、メールアドレスなどを専用の端末で本人が入力する必要がありました。
 問題は、この端末の使い勝手が悪かったことです。同行した次女に手伝ってもらって入会手続きを終えることができましたが、かなりの時間連れを待たせることになりました。
 会員カードの発行は、いろいろな店舗で行われています。入会すると、いくつかの特典を享受することができるようになります。
 しかし、この制度は店舗の方が大きな利益を得ているように思います。顧客の囲い込みが可能になるからです。
 そうであれば、入会手続きで顧客に負担感を持たせるべきではありません。入力すべき項目を減らすか、端末の使い勝手を改善すべきであると感じました。
 実際、他の店舗では顧客が作業を行うことはほとんどないようになっています。顧客の立場に立ってサービスを行うようにしなければ固定客を増やすことはできないものです。
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2065)年越し蕎麦 [食と健康]

 大晦日に蕎麦を食べる風習は、江戸時代に始まったようです。毎月の晦日に蕎麦を食べる風習が商家にあり、それが1年の最後に食べる方式に変わったようです。
 その起源にはいろいろな説があります。細く長いことから、長命を願って蕎麦を食べるようになったという説がありますが、それだけでは理由としては弱いようです。細長い麺類は蕎麦以外にもありますから。
 小麦粉を使った麺類とは違い、蕎麦粉で作った麺は切れやすいのが特徴です。そのため、1年間の苦労や借金を翌年に持ち超さないという意味が付加されているようです。
 また、語呂合わせで蕎麦と側を掛け合わせたという話もあります。大晦日に共に蕎麦を食べることにより、家族のつながりを深めようという意図もあるようです。
 さらに、金銭的な意義を考える説もあります。金銀の細工師が金箔を延ばすのに蕎麦粉を使っていたこと、蕎麦粉で作った団子で金銀の粉を集めていたことなどから、金を集めるという意味が付け加えられました。
 これらの説に加え、蕎麦の健康促進効果も強く意識されていたようです。蕎麦を食べると脚気にならないという説が江戸では信じられていたようです。
 脚気は、ビタミンB1の摂取不足で起こります。江戸は消費都市であり、上流階級では白米の摂取が一般的に行われていました。
 野菜の摂取が十分ではない時代は、精製した穀物に依存した食生活ではビタミンの摂取不足が起こりやすくなります。しかし、蕎麦粉は精製度が低いのでコメの胚芽に含まれているビタミン類を豊富に含んでいます。
 これが、江戸で蕎麦食の文化が発達した大きな理由になっているようです。ビタミンB1だけでなく、さまざまなビタミンを含んでいるので、健康の維持に大きく貢献していたようです。
 また、血流を改善するルチンに富むことも蕎麦の健康促進効果を意識させることになったのでしょう。
 現在では、6割近くの人が年越し蕎麦を食べているそうで、日本の食文化として定着しているようです。
 わが家では、日常的にバランスの良い食生活を行っているので、大晦日に蕎麦を食べる必要はありません。夕食を蕎麦のみで済ませる訳にはいかないので、年越し蕎麦の習慣が薄れつつありました。
 しかし、末の娘の発案で今年は蕎麦を食べることになりました。長女一家が帰省していたので、夕食は孫の好みを反映した栄養バランスの良い食事を用意したいものです。
 そこで、昼食で蕎麦を食べることにしました。以前の様に、家内が作っても良いのですが、外食で済ませることにしました。
 そうなると、特別な店で食べようという希望が出てきました。ところが、福岡地区はうどん文化が浸透している地域で蕎麦の専門店の数は限られています。
 また、席数が十分な店が少ないようで、予約を入れなければ大人5人と子ども2人が席を確保することが困難なようです。
 やはり、うどん専門店で蕎麦を食べなければならないようです。幸いなことに、うどんのWESTが蕎麦に力を入れていることを次女が知っていました。
 多くの蕎麦屋では、蕎麦の腰を強めるために小麦粉を2割程度蕎麦粉に加えて二八蕎麦を提供しています。しかし、WESTでは蕎麦粉のみで打った生蕎麦(きそば)を出していることが解りました。
 11時の開店に間に合うように近所のWESTに出かけたので、首尾よく席を確保することができ、大人は年越し蕎麦を堪能することができました。
 麺はしっかりしていますが、切れやすい食感から十割蕎麦であることがよく解りました。店の外では、麺の販売を行っており、それを買いに来る人も多数認められました。この日は、蕎麦屋さんにとっては非常に忙しい1日になるのでしょう。
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2064)客間 [生活]

 客間は、来客をもてなすために用意される部屋で、玄関の近くに設置している家が多いようです。私が現在住んでいる家も、玄関のすぐ傍が客間になっています。
 この家は、家内の両親が建てたもので、結婚後の数年間をこの家で過ごしています。その際、われわれの専用スペースとして10畳敷きの和室を増築しています。
 その後、マンションの1室を購入して引っ越し、さらに中古の1戸建てを購入して子育てを行いました。しかし、家内の母の介護が必要になり10年程前にここに戻ってきました。
 家内の母が亡くなり、家内がこの家を相続したので、自宅を売却してこの家に住み続けることになりました。
 この家の客間は、8畳敷きの和室で、床の間がついています。床の間の隅に半間幅の押入がついていました。客用の布団を収めるためです。
 客間の南側には1.5 m幅の板の間がつけられています。その西端にも押入があるので、客間の押入は仏壇の設置場所にして仏間として利用できるようにしました。
 客間を本来の用途で使う機会は多いものではありません。重要な客を自宅に迎えることは少なく、気の置けない客は居間や台所で応接することができますから。
 わが家の客間の最大の用途は、学生招待用でした。九州大学に勤務していた頃は、最大40名強の教室員を毎年招いて宴会をしていたが、客間をその会場として使っていました。
 客間だけではスペースが不足するので、板の間も使いますし、隣の居間も使わなければなりませんでした。居間の板張りなので、和室と同じ使い方をすることができないのが問題でした。
 家内の実家に戻る前は、近い場所に中古住宅を購入して住んでいましたが、この家の客間の隣はやはり8畳敷きの和室で、襖を外せば一質として使うことができるので便利でした。
 九州大学を早期退職して崇城大学に移ってからは、大人数の客を自宅に迎えることは無くなりました。そうなると、客間の用途がほとんどなくなってしまいます。
 これではもったいないので、私の仕事場として使うようになりました。仕事に必要なものをそこに持ち込みましたが、布団を敷くのに十分なスペースが残っていました。そこで、寝室として使うことにしました。
 仕事に疲れればすぐ寝ることができますし、起きたらすぐ仕事を始めることができますから。
 寝室として使うようになると、客間に客を寝せるべきではないことがすぐに解りました。玄関の近くなので、トイレに近いのは便利です。
 しかし、風呂場の前で、脱衣室には洗濯機が行われています。その隣が台所で、家内の活躍の場になっています。家内は、5時前後に起きて活動を始めます。和室の場合、遮音性が低いので家事の物音がそのまま耳に入ってきます。
 私の場合はもっと早起きで、家内が家事を始める頃にはすでに仕事を始めているので問題はありません。しかし、客をここに寝せるべきではないことが良く解りました。
 もっとも、この部屋に客が寝たのは一度きりです。韓国人の教え子が来日した時に泊めたことがあります。それ以降は、日本に来てもホテルに泊まるようになったので、良く眠ることができなかったのかもしれません。
 子どもたちが帰省してくるときにも、客間を寝室として使う必要が生じます。増築した和室は、家内の仕事部屋として使っているだけでなく、天気が悪い日は洗濯物の乾燥室として使っています。
 この正月も、客間が長女一家の寝室に割り当てられました。今回は、できる限り静かにしておいた方が良いことが解っていたので、早朝の仕事は家内の仕事部屋を使って行うことにしました。
 家内が起きてくるとここは使いにくくなるので、夫婦の寝室に移動して仕事を続けました。自宅にはデスクトップパソコンもありますが、ほとんどの仕事はノートパソコンで行っているので移動は簡単です。
 居間にも作業スペースを作り、休日の日中はそこで仕事をしています。しかし、孫が家にいる間はここは孫たちに占領されることになります。
 ここで仕事をすることは最初からあきらめ、夫婦の寝質に小さな作業場所を作って長女一家の帰省を待つことになりました。
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2063)子どもたちの帰省 [生活]

 明けましておめでとうございます。たくさんの年賀状をいただき、ありがとうございました。皆様のご多幸をお祈りします。さて、今年最初の話題です。
 私たち夫婦には4人の子どもがいますが、上の3人は遠隔地で独立して生計を立てています。以前は、盆と正月の休みに揃って帰省していましたが、最近は皆が揃うことは無くなってきました。
 それぞれ結婚し、子どもが生まれています。長男の家では、2人の娘がすでに小学生になり、忙しくなってきました。家族揃って何日も家を空けることが困難になってきました。
 次男も、2017年に結婚し、翌年最初の子どもが生まれました。2019年の正月は帰省するができませんでした。その結果、前回の正月休みに帰省することができたのは長女一家のみでした。
 3人の子どもたちは、帰省できる時には予定を合わせて帰る工夫をしていました。私たち夫婦の自宅に全員が泊まることはできなくなっていたので、日をずらして帰省し、1日だけ全員が揃うように調整してくれていました。
 しかし、全員の予定を合わせることは困難になってきました。また、帰省ラッシュの中子ども連れで旅行させるのも可哀そうです。
 そこで、盆休みは私たち夫婦が子どもたちの家を回り、正月休みは帰省する子どもたちを自宅で待ち受けることにしました。
 長男と次男は、前回の正月休みに帰ってくることができなかったので、別の時期に帰省してくれました。
 長男は、3月の末に上の娘を連れて帰ってきました。私が熊本市での単身赴任を終えるので、その様子を見に来ました。
 その1年前に私の母が亡くなり、長男は葬儀に出席しましたが、他の家族は出席することができませんでした。そこで、2人を熊本に連れていき、墓参りをさせることにしました。
 次男は、5月のゴールデンウィーク後に親子3人で帰ってきてくれました。孫は、すでに1歳の誕生日を迎えていたので、すっかり子どもらしくなっていました。
 今回の正月休みも、長男と次男は帰省することができませんでした。毎年帰省してくれるのは長女一家のみになってしまいました。
 長女夫婦は、同じ会社でフルタイム勤務をしています。親の目から見ると、子どもの相手を十分にしているように見えますが、本人たちは満足していないようです。
 正月とお盆の長期休暇は、子どもたちと密着した生活を送るようにしています。正月休みは自分たちの親へのサービスにも配慮しており、前半と後半をそれぞれの親の元で暮らすようにしています。
 前回は、年末をご亭主の実家で過ごし、1月1日の昼頃福岡空港に到着しました。4日の午後には福岡市を離れ、栃木県の自宅に帰っていきました。
 今回は、順番が入れ替わり、12月28日の夜に福岡空港に到着し、1月1日の朝空港を発つ計画で帰省してきました。
 29日から31日にかけて、3日間長女一家を過ごすことができました。上の娘は7歳になったばかり、下の息子は3歳半になったところですが、いずれも懐いてくれているので手がかかりません。
 おまけに、昼間は夫婦で子どもを遊びに連れていくので、孫の相手で疲れることもありません。誰も帰ってこなければ寂しい正月になりますが、誰かが帰省してくれれば満足です。
 孫たちのお気に入りは、ボックスタウン箱崎にあるスキップキッズです。ここで遊ぶのを楽しみに帰省してくるので、3年連続で送っていきました。
 リバレイン博多にあるアンパンマンミュージアムは1回行けば満足したようです。スキップキッズは余程楽しいのでしょう。
 送っていけば丸1日家を空けているので、この日は自由に時間を使うことができました。
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2062)2019年を振り返って [生活]

 2019年は、私にとって大きな変化の1年になりました。その第1は、崇城大学を退職し、精華女子短期大学の学長に就任したことです。
 熊本市での単身赴任生活を終了し、自宅から通勤することが可能になったのはありがたいことでした。
 その代わり、新しい職場で、新しい業務につかなければならなくなりました。九州大学では教育担当副学長、崇城大学では学部長として大学運営に関与していたので、学長業務に対応することは可能でした。
 しかし、女子短期大学の内情はこれまでとかなり異なっていたので、とまどうことが多い毎日を過ごしてきました。
 最初の1年は現場の把握が最重要課題であると考え、他出を控えて大学運営に注力しているところです。
 予期せぬ出来事が続出し、その対応に追われている毎日ですが、70歳に手が届く年齢で常勤職をこなすのは結構大変です。
 そのため、これまで続けてきた習慣の一部を廃止せざるを得なくなりました。その一つが、年賀状の差し出しの廃止です。
 当初は、なにかと忙しい12月の時期に年賀状の準備を行う暇がないが、返事は出すことができると思っていました。しかし、その余裕もなさそうです。
 そのため、このブログを年賀状の代わりにすることにしました。今後は、年末もしくは年眞ブログを年賀状の代わりするつもりです。
 第2の変化は、末の娘が修士課程を修了し、福岡市の企業に就職したことです。アパート引き払い、自宅から通勤する様になりました。おかげで、家内を含む親子3人で水入らずの生活を始めることができました。
 すでに独立している3人の子どもたちは、それぞれの勤務先で楽しく過ごしています。それぞれ子どもができ、帰省がままならなくなってきました。
 そこで、昨年から夏休みに私たち夫婦が子どもたちの家を回ることにし、ラッシュの時期に子ども連れの旅行をしないで済むようにしてきました。
 もっとも、2019年は台風の接近のため長女の家に2泊した後福岡に直行せざるを得ませんでした。次男の家に泊まり、長男一家に会って帰る予定をキャンセルすることになりました。
 私の体調は一時改善しましたが、まだ一進一退の状態が続いています。自宅に戻ってジョギングがやりやすくなり、減量が予想以上に進みました。
 2018年の6月に立てたジョギング4万kmが功を奏したようで、これまで突破できなかった72 kgの壁を突破することができました。
 現在は70 kgの壁にぶつかっているところで、10月以降は体重を減らすことができずにいます。そのためか、10月の血液検査ではかなり改善されていた肝機能指標が12月の検査では逆戻りしてしまいまた。
 LDLコレステロールレベルも同様で、10月は正常域に入っていましたが。12月は再び高値に戻りました。血糖値とHbA1cの値も高値が続いており、糖尿病予備軍から脱することができないでいます。
 やはり、70 kgの壁を突破し、さらに減量を進める必要があるようです。現在の体重は、30歳前後の体重で、血液指標が改善しても良い体重です。しかし、加齢の進行の影響でしょう。さらに体重を減らさなければならないようです。
 幸い、早朝ジョギングの継続については問題が生じていません。自宅に帰ったこと、4万km計画を始めたことが原因で、2019年の走行距離は初めて3000 kmを超えることができました。
 当初の目標達成時期は2021年の6月でしたが、2020年の6月には4万kmに到達する勢いで走ることができています。70 kgの壁を突破し、血液指標をすべて正常域に収める日を楽しみにして2020年を過ごしたいと思っています。
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2061)ミュージカル若草物語 [生活]

 12月24日は、家内同伴で精華女子高等学校吹奏楽部の公演に出席しました。精華学園の創立110周年記念事業の一つで、高校から招待状が届いたので一緒に観劇することにしました。
 この高校の吹奏楽部は演奏とマーチングの両方で全国的に高い評価を得ている団体です。今年は、ダンスクラブと共に夏の甲子園の開会式に花を添えています。
 私は彼女たちの演奏を生で聞いていなかったので、それを体験する良い機会になりました。
 開演は18時で、最初の30分はクリスマス音楽のメドレーが披露されました。これが彼女たちの本業で、素晴らしい演奏を聴かせてくれました。
 演奏の間に、かなりレベルの高いダンスも披露されました。この高校のダンス部も全国でトップクラスの実力を持っているので、応援に来ているのかとも思いました。
 しかし、そうではなく吹奏楽部と一緒に行動しているカラーガードの生徒たちの演技でした。理事長によれば、ダンス部の動きはこんなものではないということでした。
 30分の休憩の後は、第2部のミュージカルステージでした。演奏はもちろん吹奏楽部のメンバーが行っていますが、歌と演技もすべて自分たちでやっていました。
 このような慣れない作業に挑戦することは、生徒たちの成長を大きく促進することになったものと思います。成果も上々で、十分に楽しませてくれました。
 プログラムを見て驚いたことは、このミュージカルの脚本と演出を担当していたのが私たち夫婦の同級生であったことです。
 私たち夫婦は、九州大学農学部の食糧化学工学科を卒業しています。この学科は伝統のある農芸化学科から分離した学科ですが、その同級生は農芸化学科の男子学生でした。
 在学中からダンスに熱中しており、体育会系の私はほとんど接触の機会がなかった人です。しかし、家内は彼と同じ舞踏研究部に所属していたので、交流は深かったようです。
 彼は、卒業後はダンスの道を突き進んだようで、家内からいろいろ聞かされていたので、面識はないのに懐かしい人になっていました。
 今では、この分野では高いレベルの指導者と目されています。高校の吹奏楽部の演目の指導を行うとは思いもよりませんでした。
 彼は、精華女子高等学校の校長先生の高校時代の同級生だそうです。その縁で、以前から格別の支援を行ってくれているようです。
 彼の経歴を見て驚いたのは、日本舞踊の名取でもあることでした。ダンスの道を究めるためには、幅広い経験が必要だったのでしょう。
 この公演に出席して、私たち夫婦は驚きの体験をすることになりました。折から、この日はクリスマスイブの日でした。
 精華女子高校の生徒たちの熱演に加え、同級生の仕事の成果を見たことは、素晴らしいクリスマスプレゼントになりました。
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2060)うどん用粉末スープ [食と健康]

 先日、家内が粉末のスープを使って作ったうどんを食べさせてくれました。冷凍して販売されている上等なうどんに劣らない味でした。
 関西の醤油屋さんが、近くのスーパーで配っていた試供品を使って作ったものです。麺は、同じスーパーで売られていた生麺を使いました。
 乾麺を使ったものより専門店に近い食感と味が出ていました。カップ麺よりはるかにおいしい出来上がりでした。
 麺の固さや歯ごたえには地方によってかなりの違いがあります。とくに、福岡地方は特殊な地域で、柔らかい麺が好まれています。
 高齢化して歯の状態が悪化した私にとっては、柔らかいうどんの方が食べやすくなっています。麺とスープを別々に入手することができれば、自分たちの好みに合ったうどんを作ることができます。
 このスープと同様の味を出すためには、出汁を取るところから始める必要があります。料理経験の少ない人にとってはなかなか難しい作業です。
 最近は、様々なスープは液体もしくは粉末の形で売られるようになったの、家庭でも美味しい料理を簡単に作ることができるようになってきました。
 このスープの製造者は、私も知っている程名の通った醤油屋さんです。家庭での醤油の消費量が減っているので、味を整えた製品をより高値で販売する必要に迫られているのでしょう。
 醤油として売る場合も、用途に応じてさまざまな調味成分を加えた醤油が販売されています。少しでも付加価値を高めようとする努力が行われているようです。
 わが家でも、醤油を単独で使うことはあまりなくなってきました。若い頃は、何にでも醤油やソースをかけて食べていましたが、現在は特殊な食材に限られるようになってきました。
 刺身や豆腐には少量の醤油をかけて食べていますが、使用量は必要最低限にとどめるようにしています。塩分の摂取を抑えるためです。
 家内の味付けも薄味が基本ですから、料理に加える量も少なめです。活動量が多かった頃は物足りなく感じていましたが、現在ではすっかり薄味になれてしまいました。
 私自身も、時々料理をしますが、その場合も醤油の使用量はかなり少なめです。砂糖を使うことはまったくなく、本みりんを使って甘みを出しています。
 これでは、砂糖業界と醤油業界は売り上げの低下に悩むことになります。やはり、他の調味料と混合して簡単に美味しい料理を作ることのできる製品を作っていく必要があるのでしょう。
 出汁と醤油を混合した出汁醤油は、あまり手をかけることなく、美味しい味を引き出すのに役に立っています。これを粉末化すると、正味期限を大幅に延長することが可能になります。
 液体のまま保存するより保管が楽になりますし、輸送コストも削減することができます。今回味わったうどん用の粉末スープもこの方向で作られたものです。
 この粉末スープの用途は、うどん用に限られていません。今回頂いた試供品は、普通のうどん用とカレーうどん用の2種類でしたが、それぞれを使った複数の利用例を記載したパンフレットが添えられていました。
 現在は、物を売るだけでなく、情報を売る時代でもあります。自社製品を幅広く使っていただくためには、利用例を数多く提供することが必要なのです。
 それを可能にするためには、製品の開発チームに調理能力の高い栄養士を加えることをお勧めします。また、消費者の意見をより多く吸い上げる努力が必要です。
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2059)冬至 [食と健康]

 冬至は、1年で最も日の出から日の入りまでの時間が短い日です。2019年は、12月22日でした。冬至を過ぎるとさらに寒さが厳しくなっていきますが、昼間の長さは次第に長くなっていきます。
 冬至というと、柚子湯が有名です。柚子を浮かべた湯に入ると風邪を予防することができると言われていますが、これは当てにはなりません。
 柚子にはビタミンCの様に風邪の予防に役立つ成分が含まれていますが、風呂のお湯を通して皮膚から吸収することはできませんから。しかし、香りが良いので、良い気分に浸ることができます。
 もう一つ、冬至と結び付けられているのがカボチャです。カボチャにはビタミンAに変わるカロテンが豊富に含まれているので、皮膚を強めることにより風邪を予防することができるでしょう。
 こちらは食べることができるので、間違いなく健康維持に貢献することができます。冬至の日に食べる必要はありませんが、長期間保存することが出来るので冬場の貴重な野菜源になっています。
 この日は、娘は朝からコンサートに出かけ、家内は午後からトークショーに出かけていきました。帰りは18時頃になるそうで、その後夕食の支度にかかって良いかと尋ねられました。
 折角外出するのに、慌てて帰宅させては可哀そうです。夕食を食べて帰るよう勧めました。私は一人暮らしに慣れているので、夕食は適当に済ませることができます。
 それだけでなく、消費する機会に恵まれない在庫品を消費する良い機会ではないかと考えました。
 食品会社に就職した教え子の一人が、お中元とお歳暮で自社製品のギフトセットを律義に送ってくれます。それに入っているレトルト食品の消費が自宅ではなかなか進まないのです。
 3月までは、単身赴任先である熊本市のアパートで消費することができましたが、自宅ではなかなかその機会がありません。早めに使っておかないと、食品棚のなかで忘れられてしまうのです。
 そこで、この日はカレーを使うことにしました。冷ご飯をいつも使っている大き目のご飯茶碗に入れ、ルーをかけて電子レンジで温めれば良いだけです。
 ついでに、同じギフトに入っている黒ゴマクリームも使うことにしました。130g入りの製品が1個入っていますが、これも忘れられがちです。お中元の分も使われずに残っていました。
 とういのは、わが家にパン食の習慣がないので、意識しなければ使う機会がないからです。一旦容器を開くと、早めに使い切るので、なるべく早くオープンしたいと考えました。
 そこで、午前中の買い物の際に、バターボールが6個入った袋を買って帰りました。おやつに1個、夕食に2個食べる際に黒ゴマクリームをたっぷり使ったので、かなり量を減らすことができました。
 最近は、土曜日や日曜日に仕事で出かける機会が多く、自宅でやるべき仕事がかなり滞っていました。この日の午後は1人で留守番することになりましたが、溜まっていた仕事を進める良い機会になりました。
 急いでやらなければならないことは、私の作業場兼寝室に使っている客間の片付けです。例年通り、長女一家が年末に帰省してくれることになったので、その寝室に充てるためです。
 3月の末から自宅の資料の整理を進めてきていたので、仕事場に置いている棚もかなり減っていましたから、この作業は2時間程度で終わりました。
 情報の整理や原稿の執筆にもある程度の時間を使うことができたので、年末から年始にかけての休み期間中の仕事量を若干減らすことができました。
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